「あとね、ブラウニーも作ってきたんだけど、お腹がすいた時でもいいから食べてくれる?」

「密葉が作ったのか?」

「うん、本当はクリスマスケーキを作ろうかと思ったんだけど、難しくて·····。ごめんね」

「いや、すげぇ嬉しい·····、全部食べるわ」



硬派な雰囲気の和臣に、黒髪の隙間から見える黒石のピアスは凄く似合っていた。


それを見て、少しだけ複雑な感情が芽生えてくる。



「ねぇ、和臣」

「ん?」

「·····私、これで本当にいいのかな?」


顔を下に向けた。
視線の先には、和臣がプレゼントでくれた可愛いピンクゴールド色のネックレスがあって。



「これでって?」

「こんなにも幸せで·····」


声が小さくなる。


「··········」

「侑李を病院に残して·····」

「密葉」

「お兄ちゃんも、バイトで頑張ってるのに」

「密葉って」

「たまにそう思っちゃう時がある·····。本当にいいのかなって」

「密葉、こっち向け」


和臣の手が、私の頬をつかみ、強引に上へと向かせて。目が泳いでしまう私を、じっと見つめてくる和臣の綺麗な黒い瞳。


「大丈夫だから」

「でも·····」

「侑李も、大和も、密葉の事を大事に思ってる。それは密葉がよく分かってるだろ?」


侑李も·····
兄も·····。

兄がプレゼントでくれた、手袋を思い出す。
私の事を思って買ってくれたクリスマスプレゼント。


「わ、かんない·····、本当は·····、よく思ってないかもしれない·····!」

「密葉」

「怖い·····、怖いよ·····。私、ちゃんとできてる·····?」

「できてるよ」

「ほんとに·····っ? 今も、侑李に発作が起こったらどうしようって·····!」

「密葉」

「今からでも病院に行った方がいいのかもしれないっ、あたし·····っ、侑李のとこに·····」



和臣の胸元をおしのけ、立ち上がろうと膝をついた。侑李が心配で心配でたまらない。熱が出てたらどうしようとか、冷や汗が流れてくる。

昨日の様子の侑李はどうだった?
体温は?顔の表情は?
ちゃんとご飯を食べれたか·····っ。


「密葉」

「どうしようっ、侑李っ·····侑李が·····!」

「大丈夫だから、密葉、ちゃんと俺の方見ろ」

「どうして大丈夫だって言えるのっ!分かんないよそんなの!!」

「こっち向け」


立ち上がり、荷物を持って部屋を出ていこうとする私を、和臣が引き止めてくる。

私の腕をつかみ、強引に私の体を和臣の方へ向かせようとして。



「離してっ、行かせて!!」

必死に振りほどこうとして、鞄を持ちながら和臣を押すけど、和臣は全く力を緩めてくれなくて。


「密葉、頼むから、俺の方見てくれ」

「や、やだ·····、侑李·····っ」


無意識だったのかもしれない。必死に和臣の手から逃れようとしていた私は、鞄も振り回していて。



━━━━━━━鈍い音がなった。




その音に、ハッとした··········。

まるで夢から覚める感覚だった。


「·····密葉」


私は、なんて事をしたんだろう·····。
分かっている、分かっているはずなのに、侑李が心配で仕方なかった。今、私の頭の中が、侑李だけの世界になっていた。


「俺の方見てくれ」


カタカタと、体が震えた。
ドス·····っと、持っていた鞄は床へと落ち。


「密葉」


指先、肩、膝、足の先まで震えて·····。
私の腕を掴む和臣の手さえも、振動が伝わる程だった。


「大丈夫だから、俺の方見ろ」


恐る恐る·····顔をあげた。
顔をあげることさえ、凄く時間がかかって。


さっきの、鈍い音は·····。

鞄についている金具が、当たった音·····。




流れる赤··········。






それを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。


「ごめ、ごめんなさ·····、ごめんなさいっ·····、ごめんなさい··········、ご、めんなさ·····」


和臣の額から、血が流れていく。

私が暴れたから·····。

気が動転したから。

大切で、大事な和臣に怪我を負わせてしまった。



「密葉、いいよ。大したことない」

「ごめんなさいっ·····、ごめんなさい·····!!」


もう、立っていられなくて、ガクガクと震える足のせいで床へと崩れ落ちた。

和臣もそれについてきて、謝ることしか出来ない私を優しく抱きしめてくる。


「マジで大したことない。もう謝るな」

「で、でも、だって·····!」


私は、なんて事を·····。

私は、自分の手で、和臣を·····。

いくら侑李の世界に入ってしまったとはいえ、こんなの·····っ。


「大丈夫だから、落ち着いてくれ」


そう言われても、落ち着けるわけがなくてっ。


「も、ダメ·····、いられないっ·····、一緒にいられない!」

「何でだよ?」


何で?どうして?
和臣と付き合う前の、壊れた私に戻ってしまった。一瞬だったけど、紛れもない事実。

壊れた私を助けてくれた和臣に、怪我をさせるなんてこと、してはいけなかった。


きっと、また起こる。
今日だけじゃないかもしれない。

次はもっと酷いことを、和臣にしてしまうかもしれない。
そんなの絶対に起こってはいけないこと。


「いや·····、やだ·····、·····も、和臣を·····傷つけたくない·····」

「別に傷ついてねぇよ、何の問題もねぇ」

「血がっ·····、私のせいで·····、私のっ·····」

「どんな密葉も好きだって、何回言えば分かるんだよ」

「やめて·····」

「密葉、俺を信じろ。前もそう言っただろ、「うん」って言ったの、密葉だろ。·····俺はずっと密葉の味方だ」

「和臣·····っ·····」



確かに覚えてる·····。
私の両親へ挨拶した帰り道に、そう言っていた。


「絶対、忘れるな。何があっても、俺は密葉を手放さない」

「··········っ······、·········かずっ·····」

「大丈夫だから、な?大丈夫だ·····。落ち着いてからでいいから。ちゃんと話そう、落ち着くまでずっとこうしてるから」


泣きじゃくり震えが止まらない私を、ずっと抱きしめ·····頭を撫でて、和臣は何度も「大丈夫だよ」と言った。


震えがおさまってきたのは、1時間以上たってから·····。けど、まだ涙は止まらなくて。

和臣に怪我させてしまったという罪悪感が、消えることは無かった。



こうなったきっかけは何だったのか。

「なんで侑李が気になった?」


どうして侑李が気になったのか。


和臣とブラウニーの話をしていて。
和臣のピアスを見てて··········。



「·····分からない·····、急に複雑な気持ちになった」

落ち着いた私は、ベットを背もたれにする和臣の足の間に座り、胸元にもたれながら口を開いた。


「急に?」

「·····うん、ここにいてもいいのかなって·····。お兄ちゃんもバイトに行ってるのに·····」

「うん」

「そしたら·····、侑李の事が思い浮かんで·····。侑李の事が頭から離れなくて··········。気がついたら··········、変な音がして·····」


和臣の額から、血が流れていた。


「そっか·····」


和臣が私の頭を包み込むように優しく撫でる。

私は、和臣にもたれながら、顔をあげた。
もう血は止まっているけれど、さっきまではそこから血が流れていた。

近くで見れば、1センチほどの線が、右の瞼の上の方にあって。

この傷は、私がつけてしまった·····。


「ごめんね·····、痛かった?」

「いや、全然」

「でも、凄く血が·····」

「この部分はちょっと切れただけでも血が出るんだよ、だから全然痛くねぇよ」

「··········」


それでも、怪我をさせてしまった·····。

一生、残るかもしれない·····。


視線を落とす私に、「密葉、これ見ろよ」と、和臣は左腕の服を肘部分までめくった。


「これ、ココに引っかかれたあと」

そう言って、左手の甲を部分を指さした。
そこには4センチ程の線が、刻まれていて。


「んで、ここは胡桃がバイク乗るっつって、転けそうなって、かばった時に出来た傷」


·····肘に近い部分。
もう薄くなってはいるけど、この傷跡は·····。縫い跡。ただの傷ではなくて、何針か縫ったような·····。


「次は右足な」

右足って·····。


「骨折の時の?」

「そう、辰巳に折られた」


辰巳?


「和臣の友達の?」

「そうだよ」


笑って話しているけど、私は和臣の話に驚く。だって和臣の友達で·····、仲良いんじゃないの?それなのに折られたって。


「あいつめっちゃ喧嘩強くてな?いつもはほっとくけど·····。さすがにやりすぎだって思って、止めに入った時があって」

「··········うん」

「そしたら「邪魔すんな」って、顔面殴られて、投げ飛ばされた。ちょうどそこにでけぇ石があって足に思いっきり当たった。·····そこでポックリいった」



石に当たってポックリ·····
和臣の友達が折ったのは間違いなく·····。
でも、別に仲が悪いとかでなくて。


「あの日から、俺は辰巳の喧嘩は止めねぇって誓った。·····それから、他にもある、他校の奴らと喧嘩した時とか、いろんな怪我」

「·····和臣も喧嘩するの?」

「するよ、こことか、相手殴ってできた痕」


和臣は拳をつくり、ちょうど骨が出ているところを私に向けた。そこには瘡蓋が治癒した痕があり。


私は暴走族の和臣を知らない·····。
だから喧嘩をしていることも、どんな事をしているかも分からない。

けど、私は和臣が好きだから·····。
みんなの知るフジでは無いから·····。



「·····だから、そう思えば今回のことは、マジで大したことないんだよ。親友から投げ飛ばされてるし。こんな傷、ココの引っかき傷よりも小さえし、つーか、ココは絶対謝んねぇしな。あいつ自分は悪くねぇって思ってる」

「····でも··········」

「でもじゃねぇよ、密葉は謝ってくれただろ?それで話は終わり。俺が許してんだからそれでいい、そうだろ?」


そうだろ?って言われも·····。


「今回だけじゃないかもしれない·····」

また、いつこうなるか分からない。
こうなるきっかけが、分からない·····。

和臣を傷つけてしまうのは、今日だけとは限らない。



「その時はまた俺がいるだろ?」

「··········」

「俺はいつだって、密葉の事を思ってるよ」



私もいつも和臣のことを思ってる·····。


「もし、俺がいない時に今みたいな事が起こったら、すぐに俺を思い出して欲しい」

「·····和臣を?」

「そう、俺が密葉を大事に思ってることを」

「··········」

「電話でも、なんでもいい。俺に連絡して」

「··········できるかな·····」


さっきは和臣が目の前にいたのに取り乱した。けど、次に今みたいな事が起きれば·····。


和臣がいなければ·····。

でも、和臣が傍にいない方が、和臣に怪我をさせずに済むかもしれない。


「できるよ、密葉なら」

「·····うん·····」

「大丈夫だよ」

「ん··········」

こういう時の和臣は、凄く口調が優しくなる。

いつもは口悪いのに·····。
不良らしい和臣·····。



「·····和臣·····」

「ん?」

「好きだよ··········」

「うん·····俺もだよ」


無性に伝えたくなった。
ずっと、和臣は私を安心させる言葉をくれる。それなのに私は何も言えないから。

ずっと和臣が、私を好きでいてくれるか分からない·····。誰がどうみても、普通じゃない私。

和臣が私を手放すのは·····時間の問題じゃないかと·····。

きっと、いつかは面倒だと、思われる日が来ると思うから·····。