ずっとお粥で夜だけしか食べなかったからか、ラーメンを口に入れた瞬間、美味しくて美味しくて涙が出そうになった。
「美味いだろ?」
私が侑李を思うみたいに、私を思ってくれる人がいる。気づいていたのに、知らないふりをしていた私。
ずっと兄に、逆ギレしていた事を思い出す。
心配してくれていたのに、私は·····。
「また連れてくるから、他のとこも美味い店あるし、行こうな」
「うん·····」
「やっぱ涙脆いな·····、泣くなよ、冷めるぞ?」
私は泣いていたらしく、ラーメンを食べる手をとめた和臣は、またポンポンと頭を撫でてくれて。
「お兄ちゃん·····」
「ん?」
「お兄ちゃんに、謝らないと·····」
「そうだな、悪かったと思えば、謝ればいい。そんな深く考える必要なんかねぇよ」
「うん·····」
ラーメンを時間をかけて完食したあと、私たちは店を出た。やっぱり手を離さない和臣は、バイクに置いていたヘルメットを私に渡す。
私の家に向かいながら、私は和臣と離れたくないって思った。ずっとこのまま、傍にいたい····。
見慣れた景色に近づくと、ああ、帰ってきたんだと実感する·····。
和臣に家まで道案内するたびに、ああもうお別れなんだと思うと、寂しい気持ちになった。
「また、電話する」
バイクからおりて、ヘルメットを渡そうとした私に、和臣は言う。
「え?」
「もう、1分とか無しな」
「·····うん」
「俺が密葉の声聞きたい時はかけるし」
「うん·····」
「だから密葉も、いつでも電話してくれ」
「うん·····」
「会う時は、俺がこっちに来るから」
「ん·····」
「密葉?」
「··········?」
「ずっと密葉の事を思ってる、密葉が困った時とか、泣きそうなったら絶対に俺に言ってくれ」
泣きそうになったら·····。
「これだけは忘れるなよ」
これだけは·····。
つまりは、私がまたおかしくなる前に、和臣に連絡をしろということ。
頷く私を確認した和臣は、「じゃあ、またな。遅すぎるって大和が心配してるかもしんねぇ」
と、私の背中を押す。
「和臣」
「なに?」
「·····ありがとう·····」
私は和臣の方へと振り向き、和臣の背中に手を回すように抱きついた。私から抱きしめるのは初めてだった。
いつもいつも、和臣から抱きしめてくれたから。
「好きになってくれて·····ありがとう·····」
和臣は一瞬動きを止めたけど、すぐに強く抱き締め返してきて。
「どういたしまして」
そう言った和臣が、本当に愛しく思えた。
ずっとリビングで、私の帰りを待っていたらしい。
私の姿をとらえた兄は、「おかえり」と、いつもの様に言ってきて。
「フジは?」
「帰ったよ·····」
「そう、じゃあ俺もう寝るわ」
ふわあと大きな欠伸をした兄は、ソファから立ち上がると、自室に戻るためにリビングから出ようとして。
何があったか聞かないの?
「フジと付き合ったのか?」
階段をのぼる途中で、兄は私に聞いてくる。
「··········うん·····」
「そうか」
「あ、あのね、お兄ちゃん、私もう·····」
大丈夫だよ
心配しなくていいから。
そう言おうとしたのに、
「お前の顔見れば、だいたい想像つくよ」
小さく笑うと、私の言葉も聞かず、部屋へと入って行った。
私の顔を見れば·····。
そう思って気付く。
和臣に会う前の私は、酷い顔をしていたのだと。
次の日の朝、いつも通り6時に起床した私は、食パンを焼いている間に洗濯機を作動させた。
身だしなみを整え、制服を着る。
やっぱり痩せてしまったのか、久しぶりに着る制服のスカートは少し大きくて。
少しキツめにスカートのウエストを調節した。
「密葉〜、俺もパンな。焼いといてくれ」
どこからか兄の声が聞こえた。
大きな欠伸をしながらリビングにやってきた兄。まだ寝癖はついてるけど、久しぶりに兄は制服を着ていた。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ」
「お兄ちゃん、先に私の食べていいよ。もう1枚、焼いたとこだから。まだ時間かかるよ」
「別に後でいい。急いでねぇし」
兄はキッチンに入ってきて、冷蔵庫に入っている2リットル入りのジュースを取り出した。
私と兄の分、2つのグラスを棚からとった兄は、そこにジュースを入れていく。
昨日までは、ジュースさえ飲まなかった私·····。
「お兄ちゃん·····」
「なんだよ」
「·····ごめんなさい··········、心配かけて·····。嫌なこと言ってごめんなさい·····」
兄は何も言わず、下を向く私の頭をポンポンと軽く叩くだけだった。
「やっぱ先食うわ、腹減った」
気まぐれなお兄ちゃんは、私の分のはずの食パンを手に取ると、ジュースの入ったグラスを持ち、テーブルの方へと足を進めた。
いつも通りの兄に、私は笑った。
焼けたパンにバターを塗りながら、和臣の声が聞きたいと思った。
久しぶりに会う桃に、「あんたなんで電話も出ないのよ!」って凄く怒られた。「心配したんだから」と。
山本君に廊下で会うと、「久しぶり、体調悪かったの?」と話しかけられた。
先生からも、「何かあったのか?」と、休み時間に言われて。
こんなにも私を気にしてくれる人がいたんだって思ったら、不思議な気持ちになった。
放課後はいつも通り、侑李の病院へと向かった。
病室に入った瞬間、「お姉ちゃんっ」と笑顔で迎えてくれる侑李。
私の大切な弟·····。
「きいてお姉ちゃんっ、ぼく、酢の物食べたんだよっ。酸っぱいやつ!頑張ったよ!」
「ほんとに?」
「えらいでしょ?」
ニヒヒと笑う侑李を、「頑張ったね」と褒めた。
またいつも通りに侑李とベッドの上で遊ぶ。一緒に本を呼んだり、勉強したり、オセロをしたりして。
「ねぇ、侑李·····」
「なに?」
「私ね、侑李が大事だよ」
「急にどうしたの?」
もうすっかりオセロが強くなった侑李は、「やった!角とれた!」って喜んでいて。
「お兄ちゃんも大事だし、お母さんも、お父さんも」
「うん、僕も大好きだよ」
「·····それからね、和臣も大事なの」
「え?」
侑李はぴたっと、体を止めた。
「かずおみって·····、だれ?」
「私の大事な人。侑李も会ったことあるよ、お兄ちゃんの友達で、この前会った人覚えてる?」
「金髪のひと?」
「ううん、もう1人の、侑李の頭を撫でてくれた人」
オセロのコマを置き、私は自分のコマを3枚黒色に変えた。
「ああ·····!覚えてるよっ、フジって呼んでたよねお兄ちゃん!」
「うん、その人」
「優しそうな人だったよね」
「うん」
侑李が、そっと自分のコマを置いた。
ゆっくり時間をかけて、白にするためにめくる。
「その人が、どうしてお姉ちゃんの大事な人なの?」
私はコマを置き、侑李の小さい手を握った。
「侑李·····」
「·····どうしたの?お姉ちゃん·····」
分からない。
なんて言えばいいか分からない。
侑李は辛い思いをしているのに、やっぱり私だけ、こうして楽しんで·····、幸せに浸るなんてこと·····。
‘·····おねぇちゃん····、いかないで···········’
あの時の侑李を思い出す。
私が侑李を信じなくて離れたから、侑李は危ない目にあった。死にそうになった。
「·····お姉ちゃんは、その人が好きなの?」
あの日から、ずっと一緒にいるって決めた。私の時間は、侑李のために使うって決めたの。
「·····うん·········」
「そっかあ、お姉ちゃんも、好きな人ができたんだね。良かったねっ!」
「侑李·····」
もし、侑李が嫌だと言うのなら·····。
「どうして泣くの?」
オロオロしている侑李が、「どこか痛いの?」と、私を心配する。
「僕、お姉ちゃんが大好きだよ」
「··········っ」
「それから、看護師さんもっ。ミキちゃんって言ってね、新しく入ってきた人なんだけど、優しくて大好きなんだ!」
「·····侑李·····」
「お姉ちゃん、僕と一緒だね!」
侑李が笑う。
こんなにも優しい侑李。
侑李はまだ10歳。まだまだ子供なのに·····。
侑李は私の事を理解していた。
言いたいことを、
「ほんとだね·····、一緒だね·····」
これ以上心配かけないように、私は泣きながら笑った。