毎日侑李の元へ通い、面会時間以外は宿題や家事をし、あっという間に長い夏休みは終わりを迎えた。
和臣は毎日電話をくれた。
きちんと‘1分間’の決まりを守って。
「なんでお前制服なの?」
土曜日の朝、今まで寝ていたらしいお兄ちゃんは、ふぁあと欠伸をしながらリビングの中に入ってきた。
私の学校は土曜日は休みだから、制服である私に疑問を持ったようで。
「今日文化祭だって、この前言ったでしょ?」
「そうだっけ?密葉のとこ、9月?早くね?」
「っていっても、明日から10月だよ」
「そうだけど」
「朝は食パン焼いてね。お昼ご飯は冷凍庫に適当に入ってるから、勝手に使って。あ、でも冷凍うどんは使わないでね。今日の夜使うつもりだから」
カバンを持ち、家を出ようと玄関の方へと向かう。
「晩飯って、お前、打ち上げとかねぇの?」
文化祭の打ち上げ·····。
あるといえばあるけど。
私はもう行かないって、みんなに言っているから。
文化祭が終われば、侑李の所に行くから。
ずっとそうだった。放課後は侑李の時間。
友達とまともに遊んだことの無い私は、打ち上げなんて行ったことも無く。
「行かないよ、侑李のとこ行くから。帰りはいつもの時間だよ」
「行けばいいじゃん、俺、今日侑李のとこ行くつもりだったし。打ち上げっていっても晩飯ぐらいだろ?その後面会来たらいいじゃねぇか」
お兄ちゃんが侑李のところに?
いや、でも、それは·····。
「行けよ、打ち上げとか、ちゃんとそういう思い出残しといた方がいい」
眠そうに喋る兄は、「金あるだろ?」と、もう私が打ち上げに行くことを決めつけているみたいで。
「ううん、ありがとう。でも、侑李が大事だから。侑李の所に行くよ」
「密葉」
「何時ぐらいに病院来るの?」
靴をはきながら、兄の方を向くと、兄は難しそうな顔をしていた。
「なんでお前が我慢するんだよ、そんなの、侑李は喜ばねぇぞ」
簡単に言ってくる兄に、怒りが芽生えた。
私が我慢してる?
侑李が喜ばない?
どうしてそんな事、何もしてないお兄ちゃんが言うの?
両親はお金を稼ぐため、滅多に帰ってこなくて。お兄ちゃんは遊んで、学校さえまともに行ってるか分からない。
侑李に寂しい思いをさせないために私は·····。
可愛いくてたまらないのに·····。
「どうしてお兄ちゃんがそういうこと言うのよっ」
私は大きな声をだし、もう兄の顔を見たくなかったから、すぐに家を飛び出した。
我慢する?
私が我慢してるのは、お兄ちゃんたちのせいでしょう·····?
こんな事、考えたくもないのに。
こんなことを考えてるなんて、自分に腹が立ってくる·····。
なんで私はこんなにも性格が悪いんだろう。
こんなことっ、考えたくものに!
どうしてあたしばっかりって!
嫌でも街を歩けば、視界に入ってくる、男女のカップルたち。
仲良さそうに歩く光景を見れば、羨ましいって思ってしまう。
どうして和臣が、こんな私に好きだと言ってくれるのか分からない·····。一目惚れだと言っていた和臣。
こんなにも私は、性格が悪いというのに。
そう思って気づく。
欲が出てきてると。
和臣と電話をして、和臣に会いたいとか、もっと電話したいとか、和臣と付き合いたいって·····、思ってしまうようになって·····。
このままじゃダメだ·····。
こうなる前の日常に戻さないと····。
和臣と出会う前の私に。
そう思って、文化祭も終盤を迎えたころ、お兄ちゃんから連絡が入った。
━━━━━━━━侑李に発作が起こったと。
すぐに担任の先生に早退すると告げ、私は急いで病院へと向かった。
発作が起こるのは、侑李とっては当たり前のこと。けど、発作にも種類がある。
すぐにおさまったり、発作がおこったと思えば、次の日は元気だったりだとか。
けど、兄自身が、私に連絡するってことは·····。
「お兄ちゃん!!」
兄は侑李の病室の近くの、電話をしてもいい待合で誰かと電話をしていた。
「ああ、分かった、密葉来たわ。また連絡する」
走って駆け寄った私は、兄に「侑李は!?」と掴みかかった。
電話を切り終えた兄は、「ちょっと落ち着け」と携帯をポケットの中にしまい込む。
「結構酷い発作がおこった。さっき処置うけて、今眠ってる·····けど」
けど?
けどなに?
「目、覚ますか分からない。今母さん達がこっちに向かってる」
目の前が真っ暗になった。
集中治療室に入った侑李の体には、沢山の管が付けられていた。管のせいで、ガラス越しの侑李の体が見えないほどだった。
感染病予防のために、集中治療室には入れず。
目を覚ますか分からないってなに?
今までそんな事、無かったでしょ?
昨日だって侑李は、笑顔で「バイバイ」って私を見送ってくれたのに。
「密葉·····」
兄が泣きじゃくる私の背中を撫でる。
「向こう行くぞ、ちょっと座って落ち着け」
兄に支えられ、待合のソファに2人で腰掛けた。
「大丈夫だ、あいつは目を覚ますから」
目を覚まさなかったら?
もう、侑李の笑顔は見れなくて。
あの可愛い笑顔を?
もう見れないっていうの?
嘘でしょ?
冗談でしょう?
どうして私は·····もっと侑李に·····。
もっと侑李に会いに来れば良かった。
もっと侑李と会話をすれば良かった·····。
今日だって、文化祭を休めば良かった。
もう、後悔しても遅いっていうのに。
こうなることは、予想出来ていた。
いつどうなるか分からない侑李·····。
予想できていたのに、想像以上キツくて。
天罰がくだったんだ。
私が、どうして私ばっかりって思ったから·····。
侑李が発作で苦しんでる中、私は文化祭で·····。
次に発作がおこれば危ないと、医者が駆けつけた両親に説明していた。
両親は泣いていた。
それを見て、どうして両親はもっとお見舞いに来なかったんだろうと、くだらないことを考えていた。
もっともっともっと·····、考えればキリがないっていうのに。
夜の九時。カバンの中から、マナーが鳴る。
いつも通りの時間。
私達家族がいる待合は、電話しても大丈夫なところだったから。
『俺だけど』
いつも通りのの、落ち着いた和臣の声。
その声を聞いて、涙が出そうになった。
目の奥が熱くなり、一瞬でも気を抜けば零れてしまいそうだった。
『昨日の話の続きだけど』
「··········」
『密葉?』
「··········」
『聞こえる?』
「··········」
『····みつ』
「··········もう、電話してこないで·····」
無理矢理電話を切り、それをぎゅっと握りしめた。手の中では、また電話をかけてきてるらしく、ブーブーと携帯が震える。
「今の誰だ?」
と、兄が震え続ける携帯を見つめる。
だけど私は何も言わなかった。
もう、口を開くのも嫌だった。
1分間の電話。
終止符を打ったのは、やっぱり私だった。
神様、私はもう何も望まないから。
もう羨ましいとか思わないから·····。
侑李を助けてください·····。
たった一人の、大切な弟だから。
真夜中、侑李の目が開いたという言葉が耳に入った時、私は泣き崩れた。
でもまだ油断が出来ない状況は続くと。
危険なのは変わりないと。
翌朝、まだまだ油断は禁物だが、意識は戻ってきているため、医者からは一命は取り留めたと言っていいでしょうと言われた。
泣き崩れる私を見て、母が「大和、いったん密葉を家に連れて行ってあげて」と言った。
私は残ると言ったけど、「少し休みなさい」
と無理矢理兄に連れられ帰らされた。
電話で順調に回復していると聞いても、私は泣くだけしか出来なかった。
どうして侑李ばっかりこんな目に合うの·····。
それから数日、私は学校を休み続け、ずっと侑李のそばにいた。
侑李が「お姉ちゃん」と声を出した時、本当に嬉しくて、侑李の前だっていうのに泣きそうになった。
あまり食欲がない侑李は、食べ物を喉に通さなかった。その代わり栄養は点滴で取っていた。
1ヶ月前よりも、小柄になった。
学校もいけない、食べ物も食べれない。
運動もできず、ずっと怖い想いをしながら、毎日我慢して生きている毎日。
侑李の方が辛いはずなのに。
私はなんてことを思ってしまったんだろう。
なんで私ばっかりって·····。
運動もできる、学校にも通ってる、侑李に出来ない事は私にはできる。
なのに、私は侑李に対してなんて事を·····。
毎日かかってくる電話には、出なかった。
「密葉、お前痩せたんじゃねえか?」
兄に言われ、私は「そんな事ない」と返事をした。
「学校は?行ってんのかよ」
「今日は行かないから」
「今日はじゃなくて、今日もだろ。侑李のとこ行くのか?」
「うん」
「もう大丈夫だって言われてるだろ」
そんなの、分からない。
いつどうなるか分からない。
病院の中で待機してなくちゃ·····。
いつでも侑李の所へ駆けつけられるように。
侑李があんなにも苦しんでるのに·····。
私ばかり楽しんでいられないから。
「密葉、せめて飯だけでも食え。あれからまともに食ってねぇだろ」
確かに、私は自分でも思うぐらい痩せた。
だけどそれは侑李も同じ。
「大丈夫だから」
「また倒れたらどーすんだよ」
「大丈夫」
「密葉」
侑李が食べられないなら、私も食べない。
点滴しか出来ないなら、私も栄養ドリンクしか飲まないことにした。
侑李だけ苦しむ必要は無いから。
侑李の苦しみは、分かっていたいから。
「いい加減にしろ、密葉、自分のやってること分かってんのか」
何故か怒っている顔をしている兄。
私からすれば、どうして兄がこうも平然としているのかが分からない·····。
あんなにも苦しんでいる侑李を見たはずなのに、どうして一緒に分かろうとしないのか。
どうしてお兄ちゃんは、こんな時にでも遊びに行けるの?
どうして両親は、もう仕事へ戻ったの?
本当に理解できない。お兄ちゃんたちは、侑李のことが大切じゃないの?
やっぱり私が1番侑李のことを思っているから·····。私が侑李の気持ちを分かってないといけなくて。
「お姉ちゃん、ぼく、朝お粥少しだけ食べること出来たんだよ」
面会時間まで、病院の中の待合で時間を潰し、面会時間になればすぐに侑李の病室に行った。
「そうなの、すごいね。頑張ったね」
私がそう言うと、侑李は笑った。
昼食も夕食も侑李はお粥しか喉を通さなかった。栄養が足りない部分は点滴で補うことしか出来なくて。
私の今日の夜ご飯は、侑李が食べた量のお粥と、栄養ドリンクだけ。
全く空腹感がない。
もうこの事に、胃がなれてきているのかもしれない。
「おい、密葉」
珍しくお兄ちゃんが朝からリビングにいる·····。
それも昨日よりも怒っている顔つきだから、私は少しだけ驚いた。
「お前、まだ朝飯食ってねぇだろ」
いったい何?
食べてないけど。
っていうか今起きたばっかりで·····。
「お兄ちゃんのは用意すればあるよ、パンかご飯どっちがいい?」
「別にどっちでもいい、一緒に食べるぞ」
一緒に食べる?
私は今、夜だけしか食べていなくて。
侑李が何を食べたのか聞いて、それを夜に家で食べているから。
「·····私はもう食べたから」
でもそれを言ったら、兄に面倒臭いことを言われるのには目に見えているから。
「嘘つけや」
「も、やめてよっ、朝からなんなのっ。放っておいてよ!」
意味が分からない兄に怒鳴り、私はまだ時間があったため自室へこもった。
なんで····
私が悪いの?
少しでも侑李の事を分かろうとしている私が悪いの?侑李があれだけ苦しんで我慢しているのに、私は呑気にご飯を食べていいの?
そんなの、ダメに決まってる·····。
侑李がどれだけ辛い思いをしてるか·····。
私も同じように辛い思いをしなきゃいけない·····。
兄に対してのイラついた感情を抑えながら、ベットへ腰掛けた。ふとスマホの方を見ると、チカチカと画面が光っていた。
どうやら電話が来ていたらしい。
私はハッとして、スマホを手に取った。
そこにあるのは着信履歴。
相手が侑李の病院じゃない事に胸をおろした後、私は画面を見つめた。
『電話をしないで』と言ったあの日から、もう1週間以上はたっている。それから和臣の着信は止まらなかった。
朝に来る時もあれば、お昼、夜の9時にも電話がかかってくる。
でも、私は出なかった。
出れば、オワリだと思ったから。
でも、和臣の事をだから、このまま電話に出なければ会いにくると思った。
強引で、ストーカーなのが、私の知っている和臣なのだから。
その日のお見舞いが終わり、病院から出ようとした時、傘をさしながらこっちを見ている和臣を見つけた。私はそこまで驚かなかった。というよりは、もっと早く来るかもって思ってたぐらいで。
どうしてこういう時だけ、雨が降るんだろう。
本当に嫌になる。
私は何も考えなように、自身の傘を開いた。
「密葉」
会えてすごく嬉しいのに、嬉しくてたまらないのに、私は顔を下に向けることしか出来なかった。
私を見つけた和臣は、傘をさしながら小走りで近寄ってきた。
「·····密葉」
心を落ち着かせなきゃ。ちきんと言わないと。もう会えないって。電話もできないって。もう和臣と関わることはできないって。
私はスっと息を吸い、和臣を見つめた。
和臣は毎日電話をくれた。
きちんと‘1分間’の決まりを守って。
「なんでお前制服なの?」
土曜日の朝、今まで寝ていたらしいお兄ちゃんは、ふぁあと欠伸をしながらリビングの中に入ってきた。
私の学校は土曜日は休みだから、制服である私に疑問を持ったようで。
「今日文化祭だって、この前言ったでしょ?」
「そうだっけ?密葉のとこ、9月?早くね?」
「っていっても、明日から10月だよ」
「そうだけど」
「朝は食パン焼いてね。お昼ご飯は冷凍庫に適当に入ってるから、勝手に使って。あ、でも冷凍うどんは使わないでね。今日の夜使うつもりだから」
カバンを持ち、家を出ようと玄関の方へと向かう。
「晩飯って、お前、打ち上げとかねぇの?」
文化祭の打ち上げ·····。
あるといえばあるけど。
私はもう行かないって、みんなに言っているから。
文化祭が終われば、侑李の所に行くから。
ずっとそうだった。放課後は侑李の時間。
友達とまともに遊んだことの無い私は、打ち上げなんて行ったことも無く。
「行かないよ、侑李のとこ行くから。帰りはいつもの時間だよ」
「行けばいいじゃん、俺、今日侑李のとこ行くつもりだったし。打ち上げっていっても晩飯ぐらいだろ?その後面会来たらいいじゃねぇか」
お兄ちゃんが侑李のところに?
いや、でも、それは·····。
「行けよ、打ち上げとか、ちゃんとそういう思い出残しといた方がいい」
眠そうに喋る兄は、「金あるだろ?」と、もう私が打ち上げに行くことを決めつけているみたいで。
「ううん、ありがとう。でも、侑李が大事だから。侑李の所に行くよ」
「密葉」
「何時ぐらいに病院来るの?」
靴をはきながら、兄の方を向くと、兄は難しそうな顔をしていた。
「なんでお前が我慢するんだよ、そんなの、侑李は喜ばねぇぞ」
簡単に言ってくる兄に、怒りが芽生えた。
私が我慢してる?
侑李が喜ばない?
どうしてそんな事、何もしてないお兄ちゃんが言うの?
両親はお金を稼ぐため、滅多に帰ってこなくて。お兄ちゃんは遊んで、学校さえまともに行ってるか分からない。
侑李に寂しい思いをさせないために私は·····。
可愛いくてたまらないのに·····。
「どうしてお兄ちゃんがそういうこと言うのよっ」
私は大きな声をだし、もう兄の顔を見たくなかったから、すぐに家を飛び出した。
我慢する?
私が我慢してるのは、お兄ちゃんたちのせいでしょう·····?
こんな事、考えたくもないのに。
こんなことを考えてるなんて、自分に腹が立ってくる·····。
なんで私はこんなにも性格が悪いんだろう。
こんなことっ、考えたくものに!
どうしてあたしばっかりって!
嫌でも街を歩けば、視界に入ってくる、男女のカップルたち。
仲良さそうに歩く光景を見れば、羨ましいって思ってしまう。
どうして和臣が、こんな私に好きだと言ってくれるのか分からない·····。一目惚れだと言っていた和臣。
こんなにも私は、性格が悪いというのに。
そう思って気づく。
欲が出てきてると。
和臣と電話をして、和臣に会いたいとか、もっと電話したいとか、和臣と付き合いたいって·····、思ってしまうようになって·····。
このままじゃダメだ·····。
こうなる前の日常に戻さないと····。
和臣と出会う前の私に。
そう思って、文化祭も終盤を迎えたころ、お兄ちゃんから連絡が入った。
━━━━━━━━侑李に発作が起こったと。
すぐに担任の先生に早退すると告げ、私は急いで病院へと向かった。
発作が起こるのは、侑李とっては当たり前のこと。けど、発作にも種類がある。
すぐにおさまったり、発作がおこったと思えば、次の日は元気だったりだとか。
けど、兄自身が、私に連絡するってことは·····。
「お兄ちゃん!!」
兄は侑李の病室の近くの、電話をしてもいい待合で誰かと電話をしていた。
「ああ、分かった、密葉来たわ。また連絡する」
走って駆け寄った私は、兄に「侑李は!?」と掴みかかった。
電話を切り終えた兄は、「ちょっと落ち着け」と携帯をポケットの中にしまい込む。
「結構酷い発作がおこった。さっき処置うけて、今眠ってる·····けど」
けど?
けどなに?
「目、覚ますか分からない。今母さん達がこっちに向かってる」
目の前が真っ暗になった。
集中治療室に入った侑李の体には、沢山の管が付けられていた。管のせいで、ガラス越しの侑李の体が見えないほどだった。
感染病予防のために、集中治療室には入れず。
目を覚ますか分からないってなに?
今までそんな事、無かったでしょ?
昨日だって侑李は、笑顔で「バイバイ」って私を見送ってくれたのに。
「密葉·····」
兄が泣きじゃくる私の背中を撫でる。
「向こう行くぞ、ちょっと座って落ち着け」
兄に支えられ、待合のソファに2人で腰掛けた。
「大丈夫だ、あいつは目を覚ますから」
目を覚まさなかったら?
もう、侑李の笑顔は見れなくて。
あの可愛い笑顔を?
もう見れないっていうの?
嘘でしょ?
冗談でしょう?
どうして私は·····もっと侑李に·····。
もっと侑李に会いに来れば良かった。
もっと侑李と会話をすれば良かった·····。
今日だって、文化祭を休めば良かった。
もう、後悔しても遅いっていうのに。
こうなることは、予想出来ていた。
いつどうなるか分からない侑李·····。
予想できていたのに、想像以上キツくて。
天罰がくだったんだ。
私が、どうして私ばっかりって思ったから·····。
侑李が発作で苦しんでる中、私は文化祭で·····。
次に発作がおこれば危ないと、医者が駆けつけた両親に説明していた。
両親は泣いていた。
それを見て、どうして両親はもっとお見舞いに来なかったんだろうと、くだらないことを考えていた。
もっともっともっと·····、考えればキリがないっていうのに。
夜の九時。カバンの中から、マナーが鳴る。
いつも通りの時間。
私達家族がいる待合は、電話しても大丈夫なところだったから。
『俺だけど』
いつも通りのの、落ち着いた和臣の声。
その声を聞いて、涙が出そうになった。
目の奥が熱くなり、一瞬でも気を抜けば零れてしまいそうだった。
『昨日の話の続きだけど』
「··········」
『密葉?』
「··········」
『聞こえる?』
「··········」
『····みつ』
「··········もう、電話してこないで·····」
無理矢理電話を切り、それをぎゅっと握りしめた。手の中では、また電話をかけてきてるらしく、ブーブーと携帯が震える。
「今の誰だ?」
と、兄が震え続ける携帯を見つめる。
だけど私は何も言わなかった。
もう、口を開くのも嫌だった。
1分間の電話。
終止符を打ったのは、やっぱり私だった。
神様、私はもう何も望まないから。
もう羨ましいとか思わないから·····。
侑李を助けてください·····。
たった一人の、大切な弟だから。
真夜中、侑李の目が開いたという言葉が耳に入った時、私は泣き崩れた。
でもまだ油断が出来ない状況は続くと。
危険なのは変わりないと。
翌朝、まだまだ油断は禁物だが、意識は戻ってきているため、医者からは一命は取り留めたと言っていいでしょうと言われた。
泣き崩れる私を見て、母が「大和、いったん密葉を家に連れて行ってあげて」と言った。
私は残ると言ったけど、「少し休みなさい」
と無理矢理兄に連れられ帰らされた。
電話で順調に回復していると聞いても、私は泣くだけしか出来なかった。
どうして侑李ばっかりこんな目に合うの·····。
それから数日、私は学校を休み続け、ずっと侑李のそばにいた。
侑李が「お姉ちゃん」と声を出した時、本当に嬉しくて、侑李の前だっていうのに泣きそうになった。
あまり食欲がない侑李は、食べ物を喉に通さなかった。その代わり栄養は点滴で取っていた。
1ヶ月前よりも、小柄になった。
学校もいけない、食べ物も食べれない。
運動もできず、ずっと怖い想いをしながら、毎日我慢して生きている毎日。
侑李の方が辛いはずなのに。
私はなんてことを思ってしまったんだろう。
なんで私ばっかりって·····。
運動もできる、学校にも通ってる、侑李に出来ない事は私にはできる。
なのに、私は侑李に対してなんて事を·····。
毎日かかってくる電話には、出なかった。
「密葉、お前痩せたんじゃねえか?」
兄に言われ、私は「そんな事ない」と返事をした。
「学校は?行ってんのかよ」
「今日は行かないから」
「今日はじゃなくて、今日もだろ。侑李のとこ行くのか?」
「うん」
「もう大丈夫だって言われてるだろ」
そんなの、分からない。
いつどうなるか分からない。
病院の中で待機してなくちゃ·····。
いつでも侑李の所へ駆けつけられるように。
侑李があんなにも苦しんでるのに·····。
私ばかり楽しんでいられないから。
「密葉、せめて飯だけでも食え。あれからまともに食ってねぇだろ」
確かに、私は自分でも思うぐらい痩せた。
だけどそれは侑李も同じ。
「大丈夫だから」
「また倒れたらどーすんだよ」
「大丈夫」
「密葉」
侑李が食べられないなら、私も食べない。
点滴しか出来ないなら、私も栄養ドリンクしか飲まないことにした。
侑李だけ苦しむ必要は無いから。
侑李の苦しみは、分かっていたいから。
「いい加減にしろ、密葉、自分のやってること分かってんのか」
何故か怒っている顔をしている兄。
私からすれば、どうして兄がこうも平然としているのかが分からない·····。
あんなにも苦しんでいる侑李を見たはずなのに、どうして一緒に分かろうとしないのか。
どうしてお兄ちゃんは、こんな時にでも遊びに行けるの?
どうして両親は、もう仕事へ戻ったの?
本当に理解できない。お兄ちゃんたちは、侑李のことが大切じゃないの?
やっぱり私が1番侑李のことを思っているから·····。私が侑李の気持ちを分かってないといけなくて。
「お姉ちゃん、ぼく、朝お粥少しだけ食べること出来たんだよ」
面会時間まで、病院の中の待合で時間を潰し、面会時間になればすぐに侑李の病室に行った。
「そうなの、すごいね。頑張ったね」
私がそう言うと、侑李は笑った。
昼食も夕食も侑李はお粥しか喉を通さなかった。栄養が足りない部分は点滴で補うことしか出来なくて。
私の今日の夜ご飯は、侑李が食べた量のお粥と、栄養ドリンクだけ。
全く空腹感がない。
もうこの事に、胃がなれてきているのかもしれない。
「おい、密葉」
珍しくお兄ちゃんが朝からリビングにいる·····。
それも昨日よりも怒っている顔つきだから、私は少しだけ驚いた。
「お前、まだ朝飯食ってねぇだろ」
いったい何?
食べてないけど。
っていうか今起きたばっかりで·····。
「お兄ちゃんのは用意すればあるよ、パンかご飯どっちがいい?」
「別にどっちでもいい、一緒に食べるぞ」
一緒に食べる?
私は今、夜だけしか食べていなくて。
侑李が何を食べたのか聞いて、それを夜に家で食べているから。
「·····私はもう食べたから」
でもそれを言ったら、兄に面倒臭いことを言われるのには目に見えているから。
「嘘つけや」
「も、やめてよっ、朝からなんなのっ。放っておいてよ!」
意味が分からない兄に怒鳴り、私はまだ時間があったため自室へこもった。
なんで····
私が悪いの?
少しでも侑李の事を分かろうとしている私が悪いの?侑李があれだけ苦しんで我慢しているのに、私は呑気にご飯を食べていいの?
そんなの、ダメに決まってる·····。
侑李がどれだけ辛い思いをしてるか·····。
私も同じように辛い思いをしなきゃいけない·····。
兄に対してのイラついた感情を抑えながら、ベットへ腰掛けた。ふとスマホの方を見ると、チカチカと画面が光っていた。
どうやら電話が来ていたらしい。
私はハッとして、スマホを手に取った。
そこにあるのは着信履歴。
相手が侑李の病院じゃない事に胸をおろした後、私は画面を見つめた。
『電話をしないで』と言ったあの日から、もう1週間以上はたっている。それから和臣の着信は止まらなかった。
朝に来る時もあれば、お昼、夜の9時にも電話がかかってくる。
でも、私は出なかった。
出れば、オワリだと思ったから。
でも、和臣の事をだから、このまま電話に出なければ会いにくると思った。
強引で、ストーカーなのが、私の知っている和臣なのだから。
その日のお見舞いが終わり、病院から出ようとした時、傘をさしながらこっちを見ている和臣を見つけた。私はそこまで驚かなかった。というよりは、もっと早く来るかもって思ってたぐらいで。
どうしてこういう時だけ、雨が降るんだろう。
本当に嫌になる。
私は何も考えなように、自身の傘を開いた。
「密葉」
会えてすごく嬉しいのに、嬉しくてたまらないのに、私は顔を下に向けることしか出来なかった。
私を見つけた和臣は、傘をさしながら小走りで近寄ってきた。
「·····密葉」
心を落ち着かせなきゃ。ちきんと言わないと。もう会えないって。電話もできないって。もう和臣と関わることはできないって。
私はスっと息を吸い、和臣を見つめた。