「そうですか。わかりました。ならば拾ったこととして和尚に渡しておきましょう。無理を言ってすみませんでしたね」

 ――えっ。
 それには困った。もし紅鬼子のことが書いてあったら、それこそ大変だ。

「あ、あの。ではお預かりして、もし私に関係ないお話でしたら、私から和尚さまにお渡ししておきますから」
 遠慮がちに手を差し出した。

「いえ、それではあなたに迷惑でしょうし」
「いえいえ」
 一歩前に踏み出して更に手を伸ばしたけれど、男は文を渡さない。そればかりか袖の中にしまおうとする。

「無理せずともよいですよ」

(なんなんだこの男!)
「無理じゃありません」

「でも関係ないのでしょう?」

 くるりと背を向けた男に対し、ふつふつと夜盗の血が騒いだ。

「きゃあ」
 わざとらしく転び、男の背中に飛び込む。
「うわっ」
 くんずほぐれつの中、どさくさに紛れて袖の中から文をせしめた。
(よっし!)

「私ったら、ごめんなさい。山歩きで足がふらふらに」

 着物の胸元にしっかりと文をしまい込みにっこりと微笑むと、男と目が合った。

 ――あ。

 倒れたはずみで扇を落としたのだろう、男の顔があらわになっていた。

 月明かりでもわかる。というか闇夜の青白い明かりだからこそ、作り出す陰影が神々しいほどに神秘的で、男はギョッとするほど美しい。

 な、なにこの人……。
 これほど整った顔の男性を見たのは初めてだった。

 そして彼は消えた。
 名を聞けば『“さえづき”とでも』と言葉を残して。