優弦が来なかったのもちょうど良かった。皆が寝静まったころに局を出て行った薄野の後を付けたのである。

 薄野は小雀によくしてくれてた。後宮での生活に慣れない小雀に、あれこれ教えてくれたのも彼女だ。

『わからないことはなんでも聞いてね』
 彼女は優しかった。そんな彼女がなぜと思うけれど、話の内容から察するに、薬だと言われて東宮の食事に入れたのだろう。


 あの時、見つかってしまった理由は、猫が鳴いたから。

 可愛がっていた“鈴のおとど”が小雀を見つけ、にゃあと鳴きながらごろごろと甘えてきたのである。猫の首輪についていた鈴の音は、不必要なまでに響いた。

 冬野中納言に見つかり、咄嗟に十二単を脱ぎ捨てて逃げようとしたけれど、長い袴が邪魔をした。
 揉み合ううちみぞおちを殴られて気を失い、あとのことは覚えていない。

 あの場にいた薄野はどうしただろう。同じように連れ攫われたのか。

(お母さま)
 五条の邸にも行方知らずだと連絡がいっただろうか。

 覚悟のうえで薄野のあとを付けたから後悔はしていないけれど、心配かけてしまうのは申し訳ない。

 そして――。
(ごめんなさい)
 再び優弦を思い浮かべ、小雀は小さく微笑んだ。

 今度こそ彼は呆れているだろう。
 このまま死んでしまっても、自業自得だと思われるかもしれない。

 それでもいいと小雀は思った。