壁の汚さからいって冬野中納言の邸ではなさそうだ。

 窓は高く、なんとしても手が届かない。

 唯一の扉は、中から開けられない仕組みになっていて、下の小窓は食器しか通れないほど小さい。
 夜盗として情けないけれど、どうにもならない。

 耳が不自由らしい雑仕女が扉の小窓から食事を出してくれたりするだけで、人の出入りはない。冬野中納言も姿を見せなかった。

「皆、心配しているかな」

 空のように爽やかな優弦を思い浮かべ、どうか気にしないでほしいと願わずにはいられなかった。
 おとといの夜、小雀は闇に紛れ潜んでいた。

 場所は後宮。北の殿舎は人けが無い。夜ともなれば尚更で、いるとすれば人目を忍んだ恋人同士か、ひとりを満喫したい宿直番くらいだ。

 小雀の耳に届いた声。

「お薬だと言いましたよね?」
「もちろんそうだよ。私が嘘をつくはずがないじゃないか」

 先に聞こえたのは麗景殿の女房、薄野の声だ。

 冬野中納言の邸に忍び込んだあの夜、女の寝顔に見覚えがあるような気がした。
 あれは薄野だったのだ。

 小雀の手に傷があるのを知っているのはふたり。笹掌侍と薄野。

 薄野は小雀と同じ日に宿下がりをしていた。小雀が盗みに入った夜に冬野中納言の邸にいても不思議はないし、小雀より先に宮中に戻ったのだから、東宮の食事に毒を入れるのも可能だ。
 となれば疑う余地はなかった。