「なんの話?」

「決まってるじゃない、月冴の君とあなたの話よ」
「え? もう知ってるの?」

「ゆうべ、ここの女官が、あなたたちを見かけたって」

 他にも御厨子所の刀自(とじ)とか、誰それの恋人とか男性も何人かいたらしい。

「もう後宮の女官全員が知ってると思うわ」
「すごーい」

 人の口はそんなに早いのかと、他人事のように小雀は感心した。

「後涼殿なんて目立つところでくっついていたら、公表しているようなものよ。主上も、ようやく月冴の君に想い人ができたのかって喜ばれたそうよ」

 笹掌侍は、両腕で自分をぎゅっと抱くようにして唇を尖らせる。

「こーんなふうに抱き合っていたらしいわね」
「やめてっ! ち、違うのっ、これには訳が」

「いいから、いいから、まあよかったじゃないの。めでたいことだわ」
「だから違うんだって」
 必死に否定するも、笹掌侍はころころと笑うだけだった。


 恋人役を引き受けて数日が過ぎた。

 夜を迎え、小雀は“恋人”を待つ。

「ふぅ」
 脇息に寄り掛かりひと息つくと、脳裏に浮かんだ優弦。月冴の君。

(あれが、恋人のふり?)

 逢う度に彼は言う。

『小雀はかわいいな』
『愛おしい』とも囁く。

 頬は撫でられるわ、ぎゅっと抱きしめられるわ、あまりに近づくものだからしまいには口と口がくっついてしまう。