「ふぁー」
 扇で口元を隠し、小雀は思い切りあくびをする。

 ああ、眠い。

『小雀に通うのを見逃していただきたいのです。ね、小雀』

 あれから大変な騒ぎになって、しまいに小雀はは叱られてしまった。彼は最初から熱心だったのに、小雀は鈍感すぎるというのだ。

 小雀からすれば、自分たちの間にあるのは恋などいう甘いものじゃない。夜盗と夜盗の動きを監視する人という苦くて渋い関係なのだけれど、誤解を解く術がない。

 何でも協力しますとは言ったけれど、まさか恋人のふりをしろと言われるとは思ってもいなかった。

 恋人宣言をした帰り際、彼は小雀の耳元で『戌の刻に後涼殿の北の廂で会いましょう』と囁いた。

 小雀としても助けてもらった礼は言いたい。時を告げる弦の音に耳を澄まし、眠い目をこすりながら後涼殿へと行くと、彼は既にいた。

 いつもと違って動きやすい宿直装束を着た彼は、立てた片膝に手を掛け、柱を背に寄りかかり夜空を見上げていた。

 見上げれば浮かぶ上弦の月。
 月冴の君とはよく言ったもので、彼ほど月明かりが似合う男性も珍しいだろう。浮き出るように白い横顔はいつになく愁いを帯びて、どこか儚げに見えた。

『やあ』
 振り向いた彼はいつもの明るい笑顔を見せて、『私のかわいい人よ』言って微笑んだ。

『待っていたよ、さあ、おいで』