はっと目を引く鮮やかな登場に小雀はため息をつく。

 昨日、花の宴でひと際美しい舞を披露し、宮中の女性の心を鷲掴みにした彼の名は(みなもと) 優弦(ゆうげん)
 人々は彼を月冴(つきさえ)の君と呼ぶ。

 春の日差しをきらきらと浴びながら、蘇芳色(すおういろ)下襲(したがさね)を垂らす鮮やかな束帯(そくたい)姿。すらりと背も高く、その存在感たるや神々しいばかり。
 京きっての美貌の公達の登場に、半蔀(はじとみ)の内側にいる女官たちがきゃっきゃと声をあげ騒がしい。

(まあ確かにきれいな人よね)

 抱えている冊子にも美しい公達が登場し、先輩女房が『月冴の君のようね』とうっとりしていた。そう思ったのはひとりやふたりではないだろう。もしかすると皆が真っ先に彼を思い浮かべたかもしれないと、小雀は思う。
 と、そこに――。

「きゃあ」
 女官がふたり、ばたばたと御簾(みす)から転げ出た。

 小雀はぎょっとして立ち止まった。
 優弦の方がもっと驚いたに違いない。何しろ突然、足元に人が現れたのだ。
 後ろから押されたのか、それとも身の乗り出し過ぎたのか。いずれにしろ相当恥ずかしいのだろう。ふたりともその場にうずくまっている。

(あーあ、しょうがないわね)
 呆れながら助けに行こうとすると、優絃がふたりに手を差し伸べた。

「御簾も、あなた方の美しさを隠しきれなかったのですね」

 ひぇー、と小雀は絶句する。
 さすが月冴の君としか言いようがない。
 そういう気の利いた振る舞いが、一層彼を人気者にしているのだ。