「何をおっしゃいますか、いつも頂いている練香で十分でございますよ」
優弦はいつも晃子さまお手製の練香しか受け取らない。それ以外の物を渡そうとしても、それでは持ってきた意味がないと言う。
けれども晃子さまとて気が引けるらしく、今回ばかりは食い下がった。頂いた料紙の価値を考えれば、それも当然とも言えるけれど。
「そうおっしゃらず、何なりと」
そうまで言われて彼は考えたらしい。答えに悩んだのか、少し間を置いてから「では」答えた。
「小雀、ちょっといい?」
「はい?」
こっちに来てと呼ばれて、几帳をずらして優弦を覗き見れば、おいでおいでと手招きされた。
なんだろうと思いながら促されるまま隣に座る。
「実は、小雀に通うのを見逃していただきたいのです。ね、小雀」
――へ?
ぎょっとして見上げる小雀を、彼は妖艶な眼差しで見下ろす。
「夜更けにこちらに通うのではご迷惑かと思いまして、遠慮していたのですが、主上に相談したところ、別に良いではないかと」
主上って、え! 帝?
(つ、月冴の君? 何言ってるの? “通う”って恋人ってことよね?)
「あらまぁ、そうだったの。私ったら気づかなくてごめんなさいね」
晃子さまはくすくすと笑い、場は静まり返った。