ここは平安の京。
桜の季節が訪れた宮中で、花の宴が盛大に催された。
美しい公達の舞に感動の余韻は残り、あくる日も興奮が残っていたのだろう。後宮の一角でちょっとした事件が起きた。
ぐるりと周りを囲まれて、ひとりの女官が付け毛である髢を手に、うずくまっている。その手は震えていた。
「そんなことまでして男の関心を惹こうとするなんて」
「いやだわ、みっともない」
扇で口元を隠しながら嘲笑うのは弘徽殿の女房たち。
と、そこに彼女たちを押しのけるようにしてひとりの女房が立ち塞がった。
「髢の何が悪いの? 皆さんだってお世話になるでしょう?」
彼女は麗景殿の女房、小雀。
十七歳の割には幼さが残る可愛らしい姫であるのに、少しも怯まない。
胸を張り、囲む女たちをひとりずつ睨みながら「あなたも、あなたも、いつか使うんでしょう? 白い髪が出てきたら被るんじゃないのですか!」と追い払った。
「ありがとう、小雀」
「いいえ。あんな人たち気にすることないですよ」
明るい笑顔で小雀は女官に手を差し伸べた。
今からひと月ほど前、小雀は麗景殿の女御、晃子さまにお仕えする女房として宮中に来た。
後宮では毎日のように事件が起きる。
恋人を取られた、衣を破かれた。大事な冊子を汚されたなど理由はさまざま枚挙にいとまがない。