左大臣派の彼は、小雀を知らないようだった。
 優弦がちらりと彼を見て、口を開く。
「そういえば冬野中納言、夜盗に入られたとか」

「ええ。家を空けていた隙にやられました。検非違使にきつく言ってきたところです。全く彼らが甘いから夜盗もいい気になってるんですよ」
「夜盗は、何を持っていたのですか?」

「砂金とか、他にも作り立ての衣や調度品やら色々ですよ。下人共は暴力を振るわれましてね、邸の中はめちゃくちゃ。忌々しい」
「なんと、それはそれは」
 一同が怯えた声を上げる中、事情を知る優絃は密かにため息をつく。
(小雀の耳に入らないといいが)



 夜の後宮は密やかにさざめいている。
 男子禁制というわけではないので、女房や女官が自室としている局に、恋人や親しい公達が忍んでくるのだ。

 麗景殿の女房、薄野(すすきの)の局にも恋人が来た。
 恋人は今宵、宿直番だったらしい。世間話ついでに冬野中納言の邸に押し入ったという夜盗の話をしたようだ。
 朝を迎えた薄野は、早速女房たちに夜盗の話を披露した。

「砂金の他にも作り立ての衣や調度品やら、大層な量を持っていかれたそうよ」
「まぁ、冬野中納言ったらお気の毒に」

 彼は敵対勢力とはいえ、それはそれ。麗景殿の女房たちも同情しきりである。

「紅鬼子とかいう夜盗らしいわ。赤鬼のごとき恐ろしい顔をしているんですって、家の中はめちゃくちゃで、けが人もいるそうよ、恐ろしい」

 それを聞いた小雀が、心密かに怒りの炎を燃やしていたのは言うまでもない。
(持ち出したのは砂金と唐三彩だけじゃないの! 誰にも暴力は振るっていないわ! 邸はどこもあらしていない!)

 ぷるぷると震える手を袖の中に隠し、許すまじ冬野中納言と心に誓っていた。