生徒指導室とは名ばかりの教室は部屋の半分を不要物に支配されており、残りの半分を擦りガラス付のパーテーションに色褪せたソファーが向かい合わせに置かれた部屋だ。

「とりあえず座れ」

 関山先生は自分の向かい側に座るように促す。

 ただの教室とは異なる異質な空気。昼休みの喧騒ははるか遠くに聞こえ、まるで校舎裏に連れ込まれた気分だ。彼女のテリトリーであるここでは会話の主導権を必然的に握られてしまう。

 次ある時は廊下でことを済ませるようにしよう。
 次はあってほしくないけれど。

「単刀直入に聞こう。音霧は慈善活動というものをどう捉えている」

 これは予想外だ。
 単なる説教を永遠と聞かされるのかと思っていた。
 
 それに単刀直入に聞かれているのに全く真意が見えない。
 
 手を組んで顎を乗せる先生からは戦闘漫画の強敵のように並々ならぬ覇気を放っている。

 答え次第では俺の今後の学園生活を左右する分水嶺になるだろう。
 じっくり考えてから応えなければ。
 
 慈善活動とは『善人』だと思われたいと願う人間がする行為だと思っている。
 
 善人であると認識されれば不自由することはないし、場合によっては与えた善意が返ってくることもある。さらに、困難な状況に陥った時には助けてもらえる。

 しかしそれは人生に余裕がないと行えない行為である。
 
 つまり慈善活動とは人生に余裕のある人間がする保険のようなものであり、暇つぶしと言っても過言ではない。
 
 よし考えは纏まった。
 
 口を開こうとして再考する。
 
 目の前にいる教師は全身から炎を発せるほどの熱血教師である。
 
 給料分の仕事しかしない教師が多い中で、彼女は生徒の為ならば私生活を犠牲にすることも厭わない。

 ならば彼女に対する答えは決まっている。
 
――人々の生活を改善することを目的とした、人類への愛に基づく活動。それが慈善活動である。
 ああ、慈善活動は何と素晴らしいことか――
 
 最高の答えだ。これで行こう。

「そうか。お前の考えはよくわかった」

 応えようとした途端に掌で遮られてしまう。制限時間付きだとは聞いていない。

「まだ何も言っていませんけど」
「濁りきった瞳を見ればわかる。さっきも言っただろ。私は心が読める」

 時間とか関係なかった。この教師は読心術が出来るのだった。
 失敗に気づいた時にはすでに遅かった。

「君には慈善活動に参加してもらう」
「お断りします」

 今回は迷うことなく即答する。

「安心しろ。君一人でやれと言うわけではない。実はもう一人」
「俺は断りましたんで。話はこれで終わりですよね。じゃ、教室戻ります」
「待て、話はまだ」

 何かを言おうとしているが、足を止めれば終わりだ。奈落の底に引きずり込まれて戻ってこられなくなる。

 生徒指導室を出たところで女子とすれ違う。こんな辺境に好んでくる生徒など居るわけがないので、彼女も呼び出されたのだろう。

 だが、俺には関係のない話。むしろ彼女を身代わりにして俺は逃げることにする。
 
 教室に戻るまでの間、関山先生が追ってくることはなかった。おそらくあの女子に慈善活動がどうとかの話をしているのだろう。

 いきなり慈善活動って、いったい何を考えているんだ。