永遠のファーストブルー

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その翌日。

不安と少しの恐怖心抱えて登校すると、教室はいつも通りの雰囲気に包まれていた。
僕に挨拶をするクラスメイトはいないし、僕もまた誰とも会話を交わさないけれど、嫌な視線や噂話が刺さる様子はない。
ひとまず安堵し、息を小さく吐いた。

空野はもう登校していて、いつも一緒にいる友達たちと談笑している。その姿からは昨日の不調は見当たらず、病気だとは思えなかった。

「夏休みさー、みんなで海に行かね?」

彼女たちは夏休みのことを話しているようで、ひとりの男子の提案に賛成の声が飛ぶ。

「私は今年はずっとおばあちゃん家にいる予定だから、みんなで楽しんできて」

ところが、空野は昨日と同じ理由を口にし、笑顔を見せつつ明るく断った。

「いやいや、高校生にもなってずっとばあちゃん家ってさぁ。未来だけ早く帰ってくるとか、留守番しとくとかでいいだろ?」
「ダメ。今年だけはどうしても行かなきゃ。海はまた来年誘ってね」

不服そうな友達たちに、彼女はきっぱりと言い切ってしまう。残念そうな顔を見せる者もいたけれど、誰もしつこく誘うことはなかった。

海に行く計画を立てる友達を横目に、空野は笑みを浮かべている。ただ、その瞳はどこか寂しげで、今にも泣いてしまいそうに思えた。
(……昨日の話、やっぱり本当なのかな。……い、いや、僕には関係ないんだ)
彼女のことが気になる。
けれど、気にしたところで関わるつもりはないから、むやみに気にしても仕方がない。

自分自身にそう言い聞かせていると、唐突に空野と目が合った。
直後にクスッと笑った彼女が、スマホを取り出してなにかを打ち込み始める。数十秒後、僕のスマホが震えた。

【放課後、海に行きます。よろしくね】

たったそれだけのメッセージからは、『君も行くんだからね』という圧力をひしひしと感じた。拒否できないとわかっているものの、突然すぎて呆れてしまう。

【唐突すぎるよ】
【あと数日しかないんだから、一日もムダにできないの】

「未来、訊いてる?」

友達に声をかけられた空野は、僕とLINEをしている素振りなんておくびにも出さずに「聞いてるよ」と笑い、再び会話に加わっていた。



青い空、白い雲。カラフルなパラソルが広がる砂浜と、遠くに見える水平線。

「海だぁ~!」

そして、目の前に広がる海に向かって叫ぶ少女と、傍らにたたずむ海が似合わない僕。

「……で、日暮くんはどうしてそんなにやる気がないの?」

ため息をつくと、空野が怪訝そうな視線を寄越してきた。

「海なんて好きじゃないからね。暑いし、潮風はベタベタするし、いいことなんてないだろ。それに、制服のままだから砂浜も歩きにくいし」
「え~、そういうのも海の醍醐味じゃない?」
「意見が合わないな」
「うーん、合いませんねぇ」

クスクスと笑う彼女は、さして気にしていないように海を見遣る。

「それで、空野は今から泳ぐわけ?」

一学期の期末テストが終わった金曜日の今日は短縮授業で、学校から一時間かかるこの場にいる今はまだ十四時過ぎだ。
僕たちは、同じ電車の別々の車両に乗り込み、学校からだいぶ離れたところで同じ車両に移動した。そう提案したのは、もちろん周囲の目が気になる僕だ。不満そうに承諾した空野は、ここに来るまでぶつぶつ文句を言っていた。

「とりあえずお腹空かない? 海の家で食べようよ」

けれど、念願が叶った彼女の機嫌はすこぶるよく、すっかり笑顔になっている。
密かに空腹で限界だった僕は、平素を纏いつつもすぐに頷き、ふたりで海の家に行った。

「焼きそば……うーん、カレーも捨てがたいなぁ。どれもおいしそうで迷っちゃう!」
「僕はカレーにする」
「じゃあ、私はロコモコにしようかな」

焼きそばとカレーはいったいどこに行ったのか、なんて口にはしなかったけれど。
「優柔不断って言いたいんでしょ?」
僕の視線に気づいた空野は、眉を寄せて唇を尖らせた。

「別になにも言ってないだろ」

図星を突かれたことを隠してカウンターに行けば、彼女も僕の後についてきた。