秋が走り抜けて、冬が終わる頃。

「日暮、頼まれてた資料が届いたぞ」

ふと桜の木が蕾を膨らませていることに気づいた僕は、廊下で担任に呼び止められた。振り向いてお礼を言い、A4サイズの資料を受け取る。

「しかし、日暮が教師を目指すなんてなぁ。俺はてっきり、日暮は学校が好きじゃないのかと思ってたよ」

あけすけに話す担任に、それを言うのはどうなんだ、と思いつつも不快感はない。空気が読めない風でいて、生徒のことをよく見ていると知っているからだ。

「でも、日暮みたいな人間は教師に向いてると思う。だから頑張れよ」

ポンと肩を叩かれて頭を下げれば、担任は職員室の方へと戻っていった。
僕は忘れ物を取りに教室に戻り、二学期からずっと空いたままの机に苦笑を向ける。

「学校なんて嫌いだったよ」

空野未来の訃報がクラスメイトたちに知らされたのは、二学期の始業式の日だった。

教室中が戦慄し、声を上げて泣き出す生徒もいる中で、僕だけはただ無心で窓の外を見つめていた。
何人かは空野の家に弔問したようで、彼女の机は三学期いっぱいまで教室に置いておくことが決まった。

それだけ、空野はみんなから愛されていたのだろう。

僕は相変わらずひとりで行動してばかりだし、胸を張って友達と呼べる人もいない。けれど、前ほどぼっちを極めてはいないし、クラスメイトたちとも話すようにはなった。

彼女と過ごした日々を思い返せば、学校を嫌いだとは思えなくなっていたのだ。
できれば、卒業してもあの青さを見ていたいと思うほどに……。

こんな風に変わったのは、空野のせいだ。

「本当に君には振り回されてばかりだよ」

担任にはあんな風に言われたけれど、自分が教師に向いているとは思えない。
ただ、そんなことを口にすれば、彼女に不満げな顔をされるに違いない。
だから、やるからには真面目に真剣に取り組むつもりだ。

ぼんやりとしていた僕は、教室の窓から見えた夕焼けにハッとする。

今日は空野の月命日で、彼女の家に行く約束を取りつけている。月命日には必ず、小さな花屋で買った花を一輪届けているのだ。

「今夜は月が綺麗だといいな」

僕の初恋は報われることはなかった。
けれど、僕の記憶の中には今も、あの夜のプールでキラキラと輝いていた空野未来の笑顔が痛いくらいに焼きついている――。





【完】

Special Thanks!