「……沖縄ね」

今度はなにをさせられるのかと気が気じゃなかった僕から、呆れ混じりのため息が漏れる。
空野に連れてこられたのは、ネットカフェだった。

「さすがの私でも、今から沖縄に行くわけないよ。そりゃ、もちろん行きたいけど……」

カップルシートの傍らで、彼女はパソコンでなにかを検索している。

「それで沖縄の景色でも見る気?」
「正解です! しかも、本日は沖縄フードもご用意しております」

得意げに笑う空野が、「ちゃんとお取り寄せしたんだから」とバッグから袋を出す。
中には、サーターアンダギーやちんすこう、紅芋タルトといった沖縄のお菓子が入っていた。
彼女はこのために持ち込みが許可されているネットカフェを選んだらしく、フリードリンクコーナーから取ってきたジュースを差し出して「乾杯しよう」と言う。

僕は投げやりに乾杯をしたあと、渡されたサーターアンダギーを頬張り、ちんすこうもありがたくもらう。
空腹を感じていたものの、口の中の水分が持っていかれるお菓子ばかりなのは少しだけつらくて、牛丼やラーメンが恋しくなった。

「美ら海水族館って、こんな感じなんだね」

そんな僕を余所に、美ら海水族館の動画を鑑賞していた空野が瞳を緩めた。

「私ね、中学のときの修学旅行も沖縄だったんだけど、入院してたから行けなかったの。友達がLINEくれたけど、見るのもつらかったな……」

彼女は僕に聞かせるというよりも、思い出を語るように言葉を零していく。

「高校では行けると思ってたのに……」
「まだ行けないって決まったわけじゃないだろ」

気休めにもならない慰めが、勝手に漏れ出ていた。僕を見た空野は悲しげな微笑を浮かべていて、すぐに後悔に苛まれてしまう。

「日暮くんは優しいね」

そんなことはない。僕はただ、その場凌ぎの言葉を軽薄に吐いてしまったに過ぎない。

「本当は、中学で一番つらかったのは修学旅行に行けなかったことよりも、退院して学校に行けるようになってから、友達にも先生にも腫れ物みたいに扱われたことだったんだ。心配してくれてるってわかってたけど、周りとの壁を感じてつらかった」

押し黙ってしまった僕に、彼女はどこか気丈に話を続ける。

「だから、高校はあえて同じ中学の子がいないところを受験したの」

次いでそう告げた面差しは、複雑そうに見えた。

「私のことを知ってる子がいないところで、普通の女の子として過ごしたかったの。でも、みんなの前では自分から壁を作っちゃって、いつも本音を上手く言えない……」

教室にいる空野は、いつだって悩みなんてなさそうに笑っていた。

「病気だったことがばれたら、また腫れ物扱いされるんじゃないかって思うと、本音を隠す癖がついちゃった……。だから、日暮くんが病気のことじゃなくて私の行動に対して迷惑だって言ってくれたのが、すごく嬉しかったの」

それがどれだけ傲慢で不躾な思い込みだったのだろう……と、恥ずかしくなる。悩みがない人なんているはずがないのだ。

「日暮くんは私の病気を知っても全然普通で、冷たいことも言うし毒舌なところもあるけど、態度を変えないでいてくれたことに救われたんだ」

あのときの僕は、ただ本音を言ったまでだ。

「ありがとう、私のわがままに付き合ってくれて」

だから、お礼なんて言われたって、ちっぽけな自分が浮き彫りになるだけだった。

「でも、がっかりさせちゃったらごめんね? こんな後ろ向きな理由で高校を選んだなんて幻滅しない? つらいことから逃げた、って……」

そんな僕を見つめる彼女に、眉をひそめてしまう。

「空野は逃げてなんかないだろ?」
「え?」
「君はつらい治療を乗り越えて、自分が楽しく生きられる高校を選んだだけだ。そういうのは逃げたとは言わない」

僕が迷うことなく言い切れば、空野は目を丸くした。

「それに、逃げたのは僕の方だよ……」

高校生活の中で自分の過去を打ち明ける日が来るとは、考えてもみなかった。
それなのに、彼女になら話してもいいと思ってしまった。

「僕は中学三年の一学期から卒業するまでずっと、同じ学年の奴らからシカトされてた」

突然の告白に、空野は戸惑っているようだった。それでも、僕から視線を逸らさない彼女の目が、心に突き刺さる。

「きっかけは些細なことだよ。中三で同じクラスになった奴がいじめられてて、僕はいじめてたグループの奴らに『中三にもなってくだらないことするなよ』って言ったんだ」

あまりにも意外だったのだろう。高校生の僕しか知らない空野なら、それは当たり前だ。
けれど、中学時代の僕には、ちっぽけでくだらない正義感があったのだ。

「その次の日からいじめのターゲットが僕になって、誰ひとり僕と目を合わさなくなった」

思い出したくもない過去なのに、彼女の前ではなんでもないことのように話せた。