シューティングアトラクションは、ふたりして散々な結果だった。

「日暮くん、こういうの得意そうなのに」
「残念だけど、ゲームはほとんどやらないよ。漫画ならよく読むけど」
「うーん、期待外れだったかぁ。あのぬいぐるみ、欲しかったんだけどなぁ」
「そういう空野だって、僕よりひどいスコアじゃないか」
「だから、日暮くんに期待してたんだってば」
「期待する相手を間違えたね」
「とっても勉強になりました」

軽い言い合いをしながら、いつの間にか僕たちは自然と笑っていた。空野とこんな風に話す日が来るなんて、少し前までなら想像もできなかった。

「お化け屋敷の前にコーヒーカップに乗ろう」

学校の外で見る彼女は、教室にいるときとは全然違う表情ばかりする。同じように笑っていても肩の力が抜けているようで、普通にきついことだって言う。

優等生で人気者の空野はいつも、どこか控えめで話し方も優しいから、自由奔放なところも少し毒づくような口調も新鮮に感じた。

そんな彼女は、意外にもお化け屋敷ではけろりとしていた。訊けば、こういうのはあまり怖くないんだとか。

それなのに、男子である僕が怖いとは言えなくて、必死に平気なふりをしていたなんて口が裂けても言えなかった。なんとなく、見透かされていた気もするけれど。

「次は急流すべりね!」
「空野、ちょっと休憩した方がよくないか?」

遊園地に着いてから立て続けに動き回っているため、空野の体調が心配になってくる。
お客さんが少ないことが救いだけれど、それでもお化け屋敷は多少並んだし、急流すべりも待ち時間がありそうだ。

「平気! 次で最後にするから。さすがにこの暑さの中、一日遊べる体力はないよ。日が高くなるともっと暑くなるし、最初から午前中だけのつもりだったの」

どうやら、彼女は色々と考えていたらしい。

「それなら、ちゃんと言っておいてくれてもいいだろ」
「ごめんごめん」

ただ、苦言を呈す僕に返ってきたのは、悪びれのない笑顔だった。



急流すべりの待ち時間は、『三十分』と記載されている。空野は平気そうにしつつも、パンフレットで顔を扇ぎ始めた。

「貸して」

半ば強引にパンフレットを取り、風を送る。
素直に僕の善意を受け取った彼女は、嬉しそうに頬を綻ばせた。

「日暮くんって、意外と面倒見がいいよね」
「別にそういうのじゃない。また貧血になったら困るだろ」
「でも、迷惑だとは言わないよね。優しいくせに素直じゃないなぁ」
「余計なお世話だよ」

空野を扇ぎながら淡々と返せば、「うーん」と悩ましい声が零された。

「それにしても、日暮くんって照れたりしないよね」
「は?」
「ほら、電車や乗り物に乗るときも隣に座ったり、さっき手を繋いだりもしたけど、戸惑ってる感じはあるのに照れてなかったじゃない?」

流れる列に合わせて前に進みつつ、不思議そうにしている彼女に眉を寄せる。

「あれは手を繋いだんじゃなくて、空野が勝手に引っ張ったんだろ。それに、隣に座ったくらいで、どうして照れるんだよ。目立ちたくないとか知り合いに見られたら困るとは思うけど、照れる理由がわからない」
「美少女とデートしてるんだよ?」
「自分で美少女なんて言う自意識過剰な人は苦手だ。あと、これはデートじゃなくて付き添いだから」
「でも、教室でいつも私のこと見てるよね? この間も、夏目漱石を読みながら私を見てたでしょ?」

空野の大きな瞳にじっと見つめられて、一瞬たじろいでしまう。

「あ、れは……っ! 空野たちは目立つから視界に入ってただけで、そういうのじゃない!」
「そんなに全力で否定しなくてもいいでしょ」

必死になった僕に、彼女が不満いっぱいの顔で唇を尖らせる。
その表情に狼狽していると、視線を感じた。ハッとして視線を上げれば、列に並んでいるお客さんたちにクスクスと笑われていた。

どうやら注目を浴びていたらしい。
後ろにいた女性に「可愛い」と言われていたたまれなくなり、その隣で生暖かい目で見守るようしていた男性からも一刻も早く離れたくなった。


その後、ようやく回ってきた順番に安堵したのも、束の間。
最前列だった僕たちは、最後の急勾配からボートが滑り降りた瞬間、頭から水を被った。荷物は預けていたから無事だったけれど、気持ちがいいものじゃない。

「仕方ない。すぐに乾くだろうし、もう帰るだけだから我慢しよう」
「え? まだ帰らないよ?」

きょとんとした顔の空野に、同じような表情を返してしまう。脳裏に過った嫌な予感は、できれば気のせいであってほしい。

「遊園地デートは終わりだけど、これから修学旅行に行きます!」
「はぁ⁉」

僕の声が辺り一帯に響き、通行人の目が僕たちに向けられる。

「行き先は、私たちが来年行く予定の沖縄でーす」

今日は日曜日で、明日は学校があって……。そもそも、今から沖縄になんて行けるはずがない。目の前の満面の笑みに眩暈がした僕は、そのまま彼女に連行された――。