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二日後の日曜日。
まるで空野の味方をするように晴れ渡る空には、白い雲と太陽がその存在を主張していた。数日前までは雨予報だったはずなのに、どうして晴れているのだろう。
そんなことに思考を巡らせていると、遊園地の入り口に立つ彼女の姿を見つけた。
裾にレースがあしらわれたオフホワイトのTシャツに、スキニーデニム。シンプルな装いにもかかわらず、空野は人目を引いていた。
「日暮くん!」
反して、彼女に呼ばれた僕は今日も冴えない。
Tシャツにチノパンという格好とはいえ、そんな定番ファッションですら似合っているかどうかは怪しい。
空野を見ていた視線が僕にも突き刺さるのも感じ、今すぐに帰りたくなった。
「ちゃんと来てくれたね」
「強引にチケットを渡してきた君がそれを言うのか」
「でも、ポストに入れて帰らなかったよね」
にっこりと笑う彼女の唇が、勝ったと言わんばかりに弧を描いている。
「……見てたとは思わなかったよ」
「日暮くんがポストにチケットを入れたら、潔く諦めるつもりだったよ」
あっけらかんと言い放つ空野に、やっぱり振り回されているのだと思い知る。
「私は、日暮くんなら来てくれるって信じてたけどね」
彼女はとてもずるい。迷いもなくそんな風に言われてしまったら、怒る気にもなれない。
「空野って意外と性格悪いよね」
もっと優等生タイプかと思ってたよ、と皮肉を込めれば、空野が噴き出した。
「日暮くんは、実はすごく優しいよね。学校に友達がいないって言うけど、本当は日陰者ってタイプでもないでしょ?」
僕は、空野の真っ直ぐな視線が苦手だ。
大きな瞳がすべてを見透かしてくるようで、こういう目をした彼女の前では居心地が悪くなる。
「空野には関係ないだろ」
それを隠して冷たく返せば、空野は特段気にする様子もなく僕の手首を掴んだ。
「ちょっ……!」
「行こ!」
小さな手に引っ張られて戸惑う僕に反し、彼女の表情は今日の空のように明るい。その手を振り払うこともできない僕の心は、たった五分ほどで忙しなく動いていた。
最初に連れて行かれたのは、メリーゴーランドだった。
「僕は遠慮す――」
「ダメだよ! ちゃんと全部付き合ってもらいます」
キラキラの装飾に、おとぎ話のようなアンティーク調の雰囲気。僕みたいな奴が乗ったら、とんだ茶番だ。
「私ひとりで乗るなんて寂しいでしょ? それとも、日暮くんがひとりで乗ってくる? それなら私は待ってるよ?」
「どうしてそんな結論になるんだ」
空野の暴論に、頭が痛くなりそうだった。彼女がひとりで乗るのならまだしも、僕がひとりでメリーゴーランドに乗るなら罰ゲームか笑えないコントじゃないか。
「どうする?」
「乗ればいいんだろ」
「よろしい。日暮くんはあの白い馬ね。私はその隣の仔馬に乗るから」
「えっ……」
「外から見えにくい馬車に乗ろうとしてたでしょ?」
見透かされていたことに、深いため息が漏れる。僕はやっぱり空野が苦手だ。
彼女が指定した白馬にまたがる僕は、日本一と言えるほど滑稽に違いない。
外から見ている人たちの視線が刺さっているのは、できれば気のせいだと思いたい。
「もう~! もっと楽しそうにしてよね」
「……君は楽しそうでいいね」
「遊園地に来てるんだから、楽しいに決まってるじゃない」
「それはよかったよ。こんな辱めを受けてる僕は、今すぐに帰りたいけど」
皮肉を言ったって、空野は気にも留めずにからりと笑っている。メリーゴーランドが似合うのがまた、なんとも憎らしい。
けれど、こんな思いをさせられても不快にはならないことが不思議だった。これが彼女の魅力が感じさせるものであるのなら、やっぱりずるいと思う。
三分間の拷問から解放された僕は、隣でワクワクしながらパンフレットの覗き込む空野を見ながら、そっとため息をつく。
「じゃあ、次はシューティングのやつ! そのあとはお化け屋敷ね!」
そんな僕に構わず、彼女は満面の笑みで乗り気じゃない僕の背中を押した。
二日後の日曜日。
まるで空野の味方をするように晴れ渡る空には、白い雲と太陽がその存在を主張していた。数日前までは雨予報だったはずなのに、どうして晴れているのだろう。
そんなことに思考を巡らせていると、遊園地の入り口に立つ彼女の姿を見つけた。
裾にレースがあしらわれたオフホワイトのTシャツに、スキニーデニム。シンプルな装いにもかかわらず、空野は人目を引いていた。
「日暮くん!」
反して、彼女に呼ばれた僕は今日も冴えない。
Tシャツにチノパンという格好とはいえ、そんな定番ファッションですら似合っているかどうかは怪しい。
空野を見ていた視線が僕にも突き刺さるのも感じ、今すぐに帰りたくなった。
「ちゃんと来てくれたね」
「強引にチケットを渡してきた君がそれを言うのか」
「でも、ポストに入れて帰らなかったよね」
にっこりと笑う彼女の唇が、勝ったと言わんばかりに弧を描いている。
「……見てたとは思わなかったよ」
「日暮くんがポストにチケットを入れたら、潔く諦めるつもりだったよ」
あっけらかんと言い放つ空野に、やっぱり振り回されているのだと思い知る。
「私は、日暮くんなら来てくれるって信じてたけどね」
彼女はとてもずるい。迷いもなくそんな風に言われてしまったら、怒る気にもなれない。
「空野って意外と性格悪いよね」
もっと優等生タイプかと思ってたよ、と皮肉を込めれば、空野が噴き出した。
「日暮くんは、実はすごく優しいよね。学校に友達がいないって言うけど、本当は日陰者ってタイプでもないでしょ?」
僕は、空野の真っ直ぐな視線が苦手だ。
大きな瞳がすべてを見透かしてくるようで、こういう目をした彼女の前では居心地が悪くなる。
「空野には関係ないだろ」
それを隠して冷たく返せば、空野は特段気にする様子もなく僕の手首を掴んだ。
「ちょっ……!」
「行こ!」
小さな手に引っ張られて戸惑う僕に反し、彼女の表情は今日の空のように明るい。その手を振り払うこともできない僕の心は、たった五分ほどで忙しなく動いていた。
最初に連れて行かれたのは、メリーゴーランドだった。
「僕は遠慮す――」
「ダメだよ! ちゃんと全部付き合ってもらいます」
キラキラの装飾に、おとぎ話のようなアンティーク調の雰囲気。僕みたいな奴が乗ったら、とんだ茶番だ。
「私ひとりで乗るなんて寂しいでしょ? それとも、日暮くんがひとりで乗ってくる? それなら私は待ってるよ?」
「どうしてそんな結論になるんだ」
空野の暴論に、頭が痛くなりそうだった。彼女がひとりで乗るのならまだしも、僕がひとりでメリーゴーランドに乗るなら罰ゲームか笑えないコントじゃないか。
「どうする?」
「乗ればいいんだろ」
「よろしい。日暮くんはあの白い馬ね。私はその隣の仔馬に乗るから」
「えっ……」
「外から見えにくい馬車に乗ろうとしてたでしょ?」
見透かされていたことに、深いため息が漏れる。僕はやっぱり空野が苦手だ。
彼女が指定した白馬にまたがる僕は、日本一と言えるほど滑稽に違いない。
外から見ている人たちの視線が刺さっているのは、できれば気のせいだと思いたい。
「もう~! もっと楽しそうにしてよね」
「……君は楽しそうでいいね」
「遊園地に来てるんだから、楽しいに決まってるじゃない」
「それはよかったよ。こんな辱めを受けてる僕は、今すぐに帰りたいけど」
皮肉を言ったって、空野は気にも留めずにからりと笑っている。メリーゴーランドが似合うのがまた、なんとも憎らしい。
けれど、こんな思いをさせられても不快にはならないことが不思議だった。これが彼女の魅力が感じさせるものであるのなら、やっぱりずるいと思う。
三分間の拷問から解放された僕は、隣でワクワクしながらパンフレットの覗き込む空野を見ながら、そっとため息をつく。
「じゃあ、次はシューティングのやつ! そのあとはお化け屋敷ね!」
そんな僕に構わず、彼女は満面の笑みで乗り気じゃない僕の背中を押した。



