彼女が旅立ったのは、春の終わり頃だと風の噂で聞いた。体調が悪い日さえもここに訪れては物語を聞かせてくれた。



その時が、彼女との最後になるなんて夢にも思わなかったけど。



“ごめんね。最近物忘れもひどくてねえ。いつの間にかこんなにもしわくちゃになっちゃったわ。……わたしは老いて去っていくけれど、また会いましょう。



――今度はきっと……”



僕は彼女がその先を紡がなくても、何を伝えたかったのか、言葉にしなくても知っている。



忘れても。


泡沫に沈んでも想い浮かぶ面影がある。



春が廻る度、君を想いだす。



“死神さん”



やさしい音がする。



僕は勿忘草図書館の死神さん。ずっとここで、君を待っている。