オーガに支配されていた町を脱出したあと。
 月光に照らされた砂浜で、俺は不死鳥の少女と再会した。

『ふふ……驚いてくれたかしら?』

 少女は悪戯成功とばかりにドヤ顔をする。
 なぜか彼女は霊体になっており、その体を通して背後にある夜空が透けて見えた。

「……っ」

 俺はとっさに腰に手を伸ばし――。
 そこに武器がないことを思い出して舌打ちする。

「……なんで、お前がここに? 海に沈めてやったはずだが」

『ふふん……どうやら、わたしの不死身力を甘く見ていたようね。たしかに、あの肉体が蘇れなくなったのは残念だけど、不死鳥の魂はそもそも肉体の檻なんかにとらわれていないわ。じゃないと、肉体が蘇れなくなったら死んでしまうでしょう?』

「……なんでもありかよ」

 さすがは、レベル77の天恵(ギフト)の力というべきか。
 おそらく、“不死”ということにかけては、全ての魔物の中でも最高位の力だろう。
 これでは本格的に倒しようがない。
 なんとか現状を打開しようと、考えをめぐらせていると……。

『そう、警戒しなくていいわよ』

 少女がくすりと笑った。

『べつに、戦いの続きをしに来たわけじゃないわ。どのみち、今のこの霊体(からだ)じゃ、魔力がないからまともに戦えないもの』

「…………」

 たしかに、この少女からは敵意が感じられない。
 それどころか、ほとんど魔力も感じられない。
 おそらくは、ここにいる少女は抜け殻みたいなものなんだろう。
 いくら超級魔法や神級魔法を扱う技術があったところで、魔力がないなら脅威にはならないだろう……ちょうど今の俺のように。

「……そうか」

 俺はわずかに警戒を解く。
 とはいえ、戦闘力がないからと油断するつもりはない。

「なら、なにが目的だ」

『お話をしに来たの。せっかく面白い人間に会えたのに、このままお別れじゃもったいないでしょう?』

「俺はもう二度と、お前に会いたくなかったけどな」

『そんなつれないこと言わないでよ。あんなに情熱的に殺し合った仲じゃない』

「それを言うなら、“俺がお前を一方的に殺した仲”だろ」

『う、うぐ……あ、あれはまだ本気を出してなかっただけよ。あんな負け方認めないんだから』

「あんな負け方、ね……」

 何気なく記憶を掘り起こしてみる。
 ついさっきの出来事だったためか、その記憶は鮮やかに脳裏に蘇ってきた。


 ――いいわ、認めてあげる。あなたは……強い。

 ――だから、特別に……本当のわたしで、あなたを殺してあげるわ。

 ――さぁ、美しく灼かれなさい。

 ――い、痛っ……ちょっ、待っ……! やめっ……! いったんストップ……!


「…………ああ」

『しみじみと思い出すのやめて』

「……よく考えると、舐めプしたまま負けるとか一番恥ずかしいやつだよな」

『よく考えるのやめて』

「やーい、敗北者」

『う、うぬぅぅうぅう……ッ!』

 めちゃくちゃ悔しがった。

「で、話ってなんだ? 敗北者?」

『ナチュラルに、その呼び方定着させるのやめて』

「いやでも、敗北者のことを、なんて呼べばいいかわからないし……」

『普通に名前で呼べばいいでしょう!?』

「……お前の名前って、なんだっけ?」

『さっき名乗ったじゃない!?』

「ああ……そういえば、なんか勝手に自己紹介してたな」

 思い出す。
 たしか……あれは、最初にこの少女の首をはねた直後だったか。
 あのときは正直、それどころじゃなかったが。

「たしか、お前の名前は……“フィーコ”って言ったな?」

『言ってない』

 不正解だった。

『なによ、そのインコみたいな名前? ふざけてるのかしら?』

「……いや、悪い。冗談とかじゃなくて、普通に覚えてなかった」

『そ、そう』

「…………」

『…………』

「……なんか、ごめんな?」

『いたたまれない感じの空気にするのやめて』

 心なしか少女がしゅんとする。

『ふん……まったく、これだから人間は低脳でダメね。この誇り高き不死鳥の名前を忘れるなんて、バチ当たりもいいところだわ』

「涙ふけよ」

『泣いてない!』

「で、名前はなんだ?」

『ふんっ……今度こそ、その頭に刻み込みなさい。わたしの名前は、フィフィ・リ・バースデイよ』

「ふ、ふぃ……めちゃくちゃ呼びづらいな、お前の名前」

 鳥の鳴き声っぽいというか、人間用の名前という感じではない。
 うまく舌が回らなくて、『フヒッ』みたいな発音になってしまう。

「仕方がない。バースデイさんと呼ぼう」

『なんか、誕生日の化身みたいになるからやめて』

「よっ、生ける誕生日」

『やめて』

「なら、もうフィーコでいいか」

『……結局、1周したわね。もう、それでいいわ』

「ちなみに、俺はテオだ」

『ふーん……って、テオ?』

 なぜか、ぴくんと反応を見せる。
 どうせ興味ないとか言われると思っていたから、その反応は少し意外だった。

「どうかしたのか?」

『…………もしかして』

 フィーコがしげしげと俺の顔を眺めてくる。
 しばらくそうしたあと、やがてなにかを納得したように頷いた。

『うん、気のせいね』

「そうか、気のせいか」

 よくわからないが、気のせいだったらしい。
 いや……なんの時間だったんだ、今の。
 そんなこんなで、敵同士なごやかな自己紹介タイムも終わったところで。

「で、話ってなんだ? 自己紹介をしに来たわけじゃないんだろ?」

 ふたたび本題に戻る。


『そうね。話っていうのは、端的に言うと――“確認”と“警告”と“提案”よ』