「麻美ちゃん!」
呆然としていたわたしに、走ってきた勢いのまま田丸が抱きついてきた。その強烈なタックルに、わたしは堪らず田丸もろとも倒れ込んでしまった。腰と背中をしたたかに打ち、一瞬息が詰まってしまう。
痛みに眉を顰めるわたしの顔に雫が一滴落ちてきた。はっとして見ると、すぐ目の前に田丸の泣き顔があった。つぶらな瞳から次から次へと涙がこぼれ、わたしの顔へと降りかかる。
「あさ……麻美……麻美ちゃ……」
田丸はなにか言おうとするものの、絶えず襲ってくる嗚咽でまともに言葉にならない。
「佳乃さん、落ち着いてください」
遅れてやって来た中沢が田丸の腕を引っ張ってわたしから引き剥がした。身体にかかっていた重みがなくなると、わたしはぶつけた箇所をさすりながら立ち上がった。
「麻美さん、いったいどうしたんです? 突然、何かかから逃げるように駆け出したりなんかして」
ぐずる田丸の背中をさすりながら、中沢はわたしに尋ねた。
「こ、殺し屋が……」
わたしの呟きに、中沢はきょとんとした表情になる。
「……ううん、なんでもない」
首を振って答える。なんとなく、これは他人に言っても詮無きことなのだろうと思った。
中沢は小さなため息をつくと、珍しく怒った調子で言った。
「こっちは大変だったんですよ。麻美さんを探して町中駆け回ったあげく、こんな路地裏にまで入り込んでしまうし、田丸さんは田丸さんで『わたし、きっと麻美ちゃんに嫌われちゃったんだ!?』とか言って泣き出すし……。わたしは別かまいませんけど、田丸さんにはちゃんと謝ってください」
「ごめん……」
二人に迷惑をかけたことを素直に悪いと思い、わたしはぺこりと頭を下げた。
「でもまあ、何事もなかったみたいでよかったです……って麻美さん、どうしたんですか?!」
頭を上げたわたしを見て、中沢は驚いた顔をした。田丸も赤い目を丸くしている。
え、どうかしたの?
困惑するわたしの頬に何か暖かいものが伝うのを感じた。とっさに顔に手を触れてみると、指先に温かな液体の感触がした。
わたしは泣いていた。涙腺が壊れてしまったのように、瞳から次から次へと涙がこぼれていく。嗚咽がとめどなく漏れる。身体の震えてとまらなくて、たまらず両腕で自分の肩を抱きしめる。
今頃になって殺し屋に命を狙われた恐怖が襲ってきたのだ。逃げているときは泣いている余裕なんてなかったし、その後は思わぬ展開にただ呆然とするばかりだったから。
……まずいなこれは。こんな姿を田丸や中沢に見られたら恥ずかしいじゃないの。こいつらの中ではわたしは強い人ってことになっているのにさ。
不意に田丸が両腕でわたしの頭を包み込んだ。そして、優しく撫で始める。
「麻美ちゃん、なにがあったのかはわからないけど、きっと大変だったんだね。いいよ、泣いたって。そうすればきっとすっきりするからさ」
それは、いつもの捨てられた子犬のような田丸からは想像もつかないような包容力に満ちた声だった。
中沢は何も言わず、田丸にしたのと同じようにわたしの背中をさすってくれた。
わたしは二人の体温をその身に感じていた。
あぁ、そうか……。
わたしは納得した。今になって涙が出てきたのは、きっと二人に再会して安心したせいだったんだな。
強い人間なんかじゃない、ありのままのわたしという存在を受け入れてもらえたことがこの上なく嬉しくて……。
なだめられているうちにわたしの涙の質が変様した。恐怖に打ち震える涙から、暖かい気持ちに触れたうれし涙に――。
この涙は、わたしが今たしかに生きているのだという何よりの証だ。
二人には迷惑をかけるようだけど、しばらくの間、この心地よさに浸らせてもらうことにした。
呆然としていたわたしに、走ってきた勢いのまま田丸が抱きついてきた。その強烈なタックルに、わたしは堪らず田丸もろとも倒れ込んでしまった。腰と背中をしたたかに打ち、一瞬息が詰まってしまう。
痛みに眉を顰めるわたしの顔に雫が一滴落ちてきた。はっとして見ると、すぐ目の前に田丸の泣き顔があった。つぶらな瞳から次から次へと涙がこぼれ、わたしの顔へと降りかかる。
「あさ……麻美……麻美ちゃ……」
田丸はなにか言おうとするものの、絶えず襲ってくる嗚咽でまともに言葉にならない。
「佳乃さん、落ち着いてください」
遅れてやって来た中沢が田丸の腕を引っ張ってわたしから引き剥がした。身体にかかっていた重みがなくなると、わたしはぶつけた箇所をさすりながら立ち上がった。
「麻美さん、いったいどうしたんです? 突然、何かかから逃げるように駆け出したりなんかして」
ぐずる田丸の背中をさすりながら、中沢はわたしに尋ねた。
「こ、殺し屋が……」
わたしの呟きに、中沢はきょとんとした表情になる。
「……ううん、なんでもない」
首を振って答える。なんとなく、これは他人に言っても詮無きことなのだろうと思った。
中沢は小さなため息をつくと、珍しく怒った調子で言った。
「こっちは大変だったんですよ。麻美さんを探して町中駆け回ったあげく、こんな路地裏にまで入り込んでしまうし、田丸さんは田丸さんで『わたし、きっと麻美ちゃんに嫌われちゃったんだ!?』とか言って泣き出すし……。わたしは別かまいませんけど、田丸さんにはちゃんと謝ってください」
「ごめん……」
二人に迷惑をかけたことを素直に悪いと思い、わたしはぺこりと頭を下げた。
「でもまあ、何事もなかったみたいでよかったです……って麻美さん、どうしたんですか?!」
頭を上げたわたしを見て、中沢は驚いた顔をした。田丸も赤い目を丸くしている。
え、どうかしたの?
困惑するわたしの頬に何か暖かいものが伝うのを感じた。とっさに顔に手を触れてみると、指先に温かな液体の感触がした。
わたしは泣いていた。涙腺が壊れてしまったのように、瞳から次から次へと涙がこぼれていく。嗚咽がとめどなく漏れる。身体の震えてとまらなくて、たまらず両腕で自分の肩を抱きしめる。
今頃になって殺し屋に命を狙われた恐怖が襲ってきたのだ。逃げているときは泣いている余裕なんてなかったし、その後は思わぬ展開にただ呆然とするばかりだったから。
……まずいなこれは。こんな姿を田丸や中沢に見られたら恥ずかしいじゃないの。こいつらの中ではわたしは強い人ってことになっているのにさ。
不意に田丸が両腕でわたしの頭を包み込んだ。そして、優しく撫で始める。
「麻美ちゃん、なにがあったのかはわからないけど、きっと大変だったんだね。いいよ、泣いたって。そうすればきっとすっきりするからさ」
それは、いつもの捨てられた子犬のような田丸からは想像もつかないような包容力に満ちた声だった。
中沢は何も言わず、田丸にしたのと同じようにわたしの背中をさすってくれた。
わたしは二人の体温をその身に感じていた。
あぁ、そうか……。
わたしは納得した。今になって涙が出てきたのは、きっと二人に再会して安心したせいだったんだな。
強い人間なんかじゃない、ありのままのわたしという存在を受け入れてもらえたことがこの上なく嬉しくて……。
なだめられているうちにわたしの涙の質が変様した。恐怖に打ち震える涙から、暖かい気持ちに触れたうれし涙に――。
この涙は、わたしが今たしかに生きているのだという何よりの証だ。
二人には迷惑をかけるようだけど、しばらくの間、この心地よさに浸らせてもらうことにした。