その黒き死の到来を、わたしは氷のように静かな心で受け止めた。
……遅かったじゃない。いいかげん待ちくたびれちゃったよ。ほら、さっさとやってちょうだい。一刻も早く、わたしを退屈から救い出してよ。
殺し屋は田丸たちの脇をすり抜けて、わたしの方に向かって駆けてくる。懐に手を入れ、中から黒光りするものを取り出した。銃だ。
それを見たわたしは、背を向け、殺し屋が来るのとは反対側の出入り口に向かって走り出した。
背中越しに田丸と中沢がわたしを呼ぶ声が聞こえた。
それに応えることなく、わたしは公園の外に飛び出した。
町の中をひた走るわたしの行く手を大勢の通行人が邪魔をする。わたしは彼らの隙間を縫い、ときにはぶつかって文句を言われながらも駆けていく。
殺し屋は誰にもぶつかることなくわたしを追ってくる。
横断歩道を渡ろうとしたところ、緑色のタクシーが飛び出してきた。けたたましいブレーキ音を響かせ、わたしの数センチ手前で停止する。「赤信号が見えないのか!」と怒鳴る運転手にわたしはぺこぺこ頭を下げながら前を通りすぎる。
殺し屋はひらりとタクシーのボンネットを飛び越えてわたしを追ってくる。
わたしはビルとビルの間の路地裏へと入った。殺し屋が気付かず前を通りすぎてくれることを期待した。
しかし、殺し屋は何の迷いもなく路地裏に入り、わたしを追ってくる。
わたしは迷路のような路地裏をひた走りながら、自分の選択が失敗だったのではないかと思い始めていた。たしかに人通りのない路地裏なら誰にも行く手を邪魔されないけど、その条件は殺し屋も同じなのだ。むしろ、わたしを追いやすくなったといえるかもしれない。
殺し屋はぐんぐんわたしに迫ってくる。
何かがわたしの足にぶつかり、たまらず転倒してしまう。倒れたわたしの脇を行く手を邪魔をしたポリバケツが転がっていく。わたしは擦り剥いた膝の痛みも忘れて立ち上がり、そのポリバケツを手に取る。中にはまだゴミが残っているのか少し重たい。根性で持ち上げると、殺し屋がやって来る方向めがけて投げつけた。床をバウンドしながら転がってくポリバケツ。
殺し屋はそれを難なく飛び越える。
それを見て、わたしは再び駆け出す。
殺し屋が追う。
わたしは路地を右に曲がる。
殺し屋も右にまがる。
ちょっとした段差になっているところをわたしは飛び越えた。
殺し屋は段差を長い足でひとまたぎする。
わたしは逃げる。
殺し屋が追う。
逃げる。
追う。
逃げる。
追う。
逃げ――わたしは足を止めた。
目の前に広がっていたのは、三方をビルの壁に囲まれた袋小路だった。
振り返ると、こちらに迫ってくる殺し屋の姿が見えた。
わたしは隠れられる場所がないか探したけど、猫が入り込めるような隙間すら見当たらない。
殺し屋が迫る。
わたしはビルをよじ登ろうと試みたものの、何の引っかかりのもない壁には手をかけることすらできない。
殺し屋が迫る。
「誰か! 誰か助けて!」
わたしは叫んだ。自分の声があたりに反響する。返事はない。
殺し屋が迫る。
わたしはたまらず頭を抱え、固く眼を閉じた。
嫌だ! こんなところで殺されるだなんて、絶対に嫌だ!
殺し屋がすぐそこまで迫る。
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない――
「死にたくない!!」
「あ、そうですか。じゃあ、やめます」
という殺し屋の声が聞こえた。
「……え?」
わたしがゆっくりと目を開けると、殺し屋は持っていた銃を懐にしまっているところだった。
「ど……どうして……?」
わたしはかすれた声で訊く。どうして、ここまで追い詰めたわたしを殺さないの?
「どうしてって、それはあなたが『死にたくない』と言ったからですよ。依頼人が依頼を取り下げた以上、それに従うのは当然じゃないですか。わたしは殺し屋です。むやみに殺しをする殺人鬼とは違うのですよ」
なにそれ? つまり、わたしが最初から「やっぱり殺されるのはやめた」って言ったら、こんな追いかけっこなんかしなくてもよかったってこと?
「は……あはは……」
緊張の糸がぷっつりときれ、わたしはその場にへたり込んでしまった。しばし呆然としたまま、ひんやりとした地面の感触をお尻に感じていた。
「でも、どうしてです?」殺し屋は訊いた。「どうして、あなたは殺されたくないと思ったのですか? ご依頼されたときは今すぐにでも殺してほしそうな様子でしたのに」
わたしは殺し屋を見上げた。さっきまでの冷酷さの様子は微塵もなく、穏やかな笑みを浮かべている。
その笑顔にほっとしたわたしは、ぽつぽつと語り出した。
「わたしはね、十七年ほど人間やってきたけど、その間あまり生きててよかったと思えたことなんてなかったように思うんだよね。といっても、とりたてて不幸な人生だったわけではまったくないんだけどさ。ただ、毎日が変わらないことの繰り返しのように感じられて、それがつまらなくて、いつも退屈していたんだ。そんな人生に、わたしは絶望していたんだと思う。
世の中には日々の食べ物にも不自由していたり、戦渦に巻き込まれたりといった不幸な人はいくらでもいて、そんな人たちに比べたら、わたしの絶望なんて安いものにすぎないんだろうね。そんなことは当のわたしが一番よくわかっているよ。……でもね、安かろうがなんだろうが、絶望には違いないんだよ。
ねえ、わたしって生きているのかな?
そりゃあ、生物学的には生きているんでしょうよ、心臓が動いているからね。……でも、なんていうか、自分が生きているという実感がまるで湧かないんだ。
こんな生きているんだか死んでいるんだかわからない人生に意味なんてあるの? 生きているだかわからないんなら、いっそのこと死んでしまっても別にかまわないんじゃないか――そんなふうに思っていたんだ。
そんな時、あなたがわたしの前に現れた。誰でも殺してくれるって言った。だから、わたしは頼んだんだ。『わたしを殺してほしい』って……」
「ですが、あなたはその依頼を撤回なされた。それはどうしてです?」
わたしのとりとめのない告白を黙って聞いていた殺し屋が今一度問いかける。
「それは――」
なぜわたしは殺し屋を見た瞬間、とっさに逃げ出してしまったのだろう。殺しを依頼した時にはなかった死を恐れるわけができたのだろうか。頭の中をひっくり返してみたものの、特別それらしい理由は見当たらなかった。
あるとすれば――
「最近ね、なんだかうまくいっている感じがするんだ。親との仲とか、学校での交友関係とかさ。どうせ命が長くないんだからということで、悔いの残らないよう積極的に行動してみたことがどうも功を奏したみたいなんだよね。そうやって日々を過ごしていたら、なんとなく死ぬのが惜しくなっちゃったのかもしれない」
自分のあまりの単純さにわたしは笑ってしまう。
「宝くじで三億円当たったとか、芸能界にスカウトされたとか、どっかの大富豪に見初められたとかいうのならまだしも、そんな些細な理由でもっと生きていたいと思えちゃうなんてさ。ホント、バカみたいだよ」
殺し屋さん、あなたもおかしかったら笑ってもいいよ。
しかし、殺し屋は笑わなかった。だから、わたしも笑うのをやめて話を続ける。
「でもね、そんな些細なことであっても、わたしにとっては希望なっているんだ。こんな日々が続くのなら、人生もまんざら悪いものじゃないかなって気がするんだ。これから先も生きてみてもいいかなって思えたりするんだ。――それっておかしいかな?」
わたしの問いに殺し屋は首を振り、
「そんなことないですよ。よかったじゃないですか」
殺し屋は微笑んだ。わたしも笑顔で返す。
……でも、その笑みはすぐに萎んでしまう。
生きることに希望を見いだせたのはいいことだ。人に言われなくてもそれはわかっている。わたしは今まさに、生のありがたみを実感しているところなのだから。
だけど――
「そんな日々がいつまでも続くとはとても思えない。どうせすぐに親なんてウザいと思うようになるだろうし、田丸や中沢のことだってやがて鬱陶しく感じるに決まっているんだ。些細な幸せなんてものは、やはり些細な嫌なことであっさりと壊れてしまうものなんだよ、きっと。そうなったら、再び人生に絶望してしまうかもしれない。また死んだ方がましだと思うようになるかもしれない」
……そうなったとき、わたしはいったいどうしたらいいんだろう?
「ご安心ください。そのときは私が殺して差し上げますよ」殺し屋は優しい笑顔で言った。「あなたとの契約は一時停止になったものの、破棄されたわけではないのですから」
恐ろしいことを言われたはずなのに、なぜだかわたしは救われたと感じた。
「麻美ちゃーん! どこー?!」
「麻美さん! 無事なら返事をしてください!」
わたしを呼ぶ声が聞こえた。やがて路地の向こうから田丸と中沢がやって来るのが見えた。
マル、ケイ……。二人ともわたしを探しに来てくれたんだ……。
わたしはすぐさま立ち上がり、
「わたしはここよー!」
二人に存在を知らせるべく大きく手を振ってみせた。
わたしの存在に気付き、二人は足を速める。
それを確認したわたしは、ふと横を向いた。
「……え?」
そこに殺し屋はいなかった。あたりを見回してみたものの、あるのはひんやりとした路地裏の静寂だけ。目立たない効果を狙っているようでいて、その実、周囲から浮きまくっていた黒ずくめの男は、まるで最初から存在していなかったかのようにこの場から消え去っていた。
……遅かったじゃない。いいかげん待ちくたびれちゃったよ。ほら、さっさとやってちょうだい。一刻も早く、わたしを退屈から救い出してよ。
殺し屋は田丸たちの脇をすり抜けて、わたしの方に向かって駆けてくる。懐に手を入れ、中から黒光りするものを取り出した。銃だ。
それを見たわたしは、背を向け、殺し屋が来るのとは反対側の出入り口に向かって走り出した。
背中越しに田丸と中沢がわたしを呼ぶ声が聞こえた。
それに応えることなく、わたしは公園の外に飛び出した。
町の中をひた走るわたしの行く手を大勢の通行人が邪魔をする。わたしは彼らの隙間を縫い、ときにはぶつかって文句を言われながらも駆けていく。
殺し屋は誰にもぶつかることなくわたしを追ってくる。
横断歩道を渡ろうとしたところ、緑色のタクシーが飛び出してきた。けたたましいブレーキ音を響かせ、わたしの数センチ手前で停止する。「赤信号が見えないのか!」と怒鳴る運転手にわたしはぺこぺこ頭を下げながら前を通りすぎる。
殺し屋はひらりとタクシーのボンネットを飛び越えてわたしを追ってくる。
わたしはビルとビルの間の路地裏へと入った。殺し屋が気付かず前を通りすぎてくれることを期待した。
しかし、殺し屋は何の迷いもなく路地裏に入り、わたしを追ってくる。
わたしは迷路のような路地裏をひた走りながら、自分の選択が失敗だったのではないかと思い始めていた。たしかに人通りのない路地裏なら誰にも行く手を邪魔されないけど、その条件は殺し屋も同じなのだ。むしろ、わたしを追いやすくなったといえるかもしれない。
殺し屋はぐんぐんわたしに迫ってくる。
何かがわたしの足にぶつかり、たまらず転倒してしまう。倒れたわたしの脇を行く手を邪魔をしたポリバケツが転がっていく。わたしは擦り剥いた膝の痛みも忘れて立ち上がり、そのポリバケツを手に取る。中にはまだゴミが残っているのか少し重たい。根性で持ち上げると、殺し屋がやって来る方向めがけて投げつけた。床をバウンドしながら転がってくポリバケツ。
殺し屋はそれを難なく飛び越える。
それを見て、わたしは再び駆け出す。
殺し屋が追う。
わたしは路地を右に曲がる。
殺し屋も右にまがる。
ちょっとした段差になっているところをわたしは飛び越えた。
殺し屋は段差を長い足でひとまたぎする。
わたしは逃げる。
殺し屋が追う。
逃げる。
追う。
逃げる。
追う。
逃げ――わたしは足を止めた。
目の前に広がっていたのは、三方をビルの壁に囲まれた袋小路だった。
振り返ると、こちらに迫ってくる殺し屋の姿が見えた。
わたしは隠れられる場所がないか探したけど、猫が入り込めるような隙間すら見当たらない。
殺し屋が迫る。
わたしはビルをよじ登ろうと試みたものの、何の引っかかりのもない壁には手をかけることすらできない。
殺し屋が迫る。
「誰か! 誰か助けて!」
わたしは叫んだ。自分の声があたりに反響する。返事はない。
殺し屋が迫る。
わたしはたまらず頭を抱え、固く眼を閉じた。
嫌だ! こんなところで殺されるだなんて、絶対に嫌だ!
殺し屋がすぐそこまで迫る。
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない――
「死にたくない!!」
「あ、そうですか。じゃあ、やめます」
という殺し屋の声が聞こえた。
「……え?」
わたしがゆっくりと目を開けると、殺し屋は持っていた銃を懐にしまっているところだった。
「ど……どうして……?」
わたしはかすれた声で訊く。どうして、ここまで追い詰めたわたしを殺さないの?
「どうしてって、それはあなたが『死にたくない』と言ったからですよ。依頼人が依頼を取り下げた以上、それに従うのは当然じゃないですか。わたしは殺し屋です。むやみに殺しをする殺人鬼とは違うのですよ」
なにそれ? つまり、わたしが最初から「やっぱり殺されるのはやめた」って言ったら、こんな追いかけっこなんかしなくてもよかったってこと?
「は……あはは……」
緊張の糸がぷっつりときれ、わたしはその場にへたり込んでしまった。しばし呆然としたまま、ひんやりとした地面の感触をお尻に感じていた。
「でも、どうしてです?」殺し屋は訊いた。「どうして、あなたは殺されたくないと思ったのですか? ご依頼されたときは今すぐにでも殺してほしそうな様子でしたのに」
わたしは殺し屋を見上げた。さっきまでの冷酷さの様子は微塵もなく、穏やかな笑みを浮かべている。
その笑顔にほっとしたわたしは、ぽつぽつと語り出した。
「わたしはね、十七年ほど人間やってきたけど、その間あまり生きててよかったと思えたことなんてなかったように思うんだよね。といっても、とりたてて不幸な人生だったわけではまったくないんだけどさ。ただ、毎日が変わらないことの繰り返しのように感じられて、それがつまらなくて、いつも退屈していたんだ。そんな人生に、わたしは絶望していたんだと思う。
世の中には日々の食べ物にも不自由していたり、戦渦に巻き込まれたりといった不幸な人はいくらでもいて、そんな人たちに比べたら、わたしの絶望なんて安いものにすぎないんだろうね。そんなことは当のわたしが一番よくわかっているよ。……でもね、安かろうがなんだろうが、絶望には違いないんだよ。
ねえ、わたしって生きているのかな?
そりゃあ、生物学的には生きているんでしょうよ、心臓が動いているからね。……でも、なんていうか、自分が生きているという実感がまるで湧かないんだ。
こんな生きているんだか死んでいるんだかわからない人生に意味なんてあるの? 生きているだかわからないんなら、いっそのこと死んでしまっても別にかまわないんじゃないか――そんなふうに思っていたんだ。
そんな時、あなたがわたしの前に現れた。誰でも殺してくれるって言った。だから、わたしは頼んだんだ。『わたしを殺してほしい』って……」
「ですが、あなたはその依頼を撤回なされた。それはどうしてです?」
わたしのとりとめのない告白を黙って聞いていた殺し屋が今一度問いかける。
「それは――」
なぜわたしは殺し屋を見た瞬間、とっさに逃げ出してしまったのだろう。殺しを依頼した時にはなかった死を恐れるわけができたのだろうか。頭の中をひっくり返してみたものの、特別それらしい理由は見当たらなかった。
あるとすれば――
「最近ね、なんだかうまくいっている感じがするんだ。親との仲とか、学校での交友関係とかさ。どうせ命が長くないんだからということで、悔いの残らないよう積極的に行動してみたことがどうも功を奏したみたいなんだよね。そうやって日々を過ごしていたら、なんとなく死ぬのが惜しくなっちゃったのかもしれない」
自分のあまりの単純さにわたしは笑ってしまう。
「宝くじで三億円当たったとか、芸能界にスカウトされたとか、どっかの大富豪に見初められたとかいうのならまだしも、そんな些細な理由でもっと生きていたいと思えちゃうなんてさ。ホント、バカみたいだよ」
殺し屋さん、あなたもおかしかったら笑ってもいいよ。
しかし、殺し屋は笑わなかった。だから、わたしも笑うのをやめて話を続ける。
「でもね、そんな些細なことであっても、わたしにとっては希望なっているんだ。こんな日々が続くのなら、人生もまんざら悪いものじゃないかなって気がするんだ。これから先も生きてみてもいいかなって思えたりするんだ。――それっておかしいかな?」
わたしの問いに殺し屋は首を振り、
「そんなことないですよ。よかったじゃないですか」
殺し屋は微笑んだ。わたしも笑顔で返す。
……でも、その笑みはすぐに萎んでしまう。
生きることに希望を見いだせたのはいいことだ。人に言われなくてもそれはわかっている。わたしは今まさに、生のありがたみを実感しているところなのだから。
だけど――
「そんな日々がいつまでも続くとはとても思えない。どうせすぐに親なんてウザいと思うようになるだろうし、田丸や中沢のことだってやがて鬱陶しく感じるに決まっているんだ。些細な幸せなんてものは、やはり些細な嫌なことであっさりと壊れてしまうものなんだよ、きっと。そうなったら、再び人生に絶望してしまうかもしれない。また死んだ方がましだと思うようになるかもしれない」
……そうなったとき、わたしはいったいどうしたらいいんだろう?
「ご安心ください。そのときは私が殺して差し上げますよ」殺し屋は優しい笑顔で言った。「あなたとの契約は一時停止になったものの、破棄されたわけではないのですから」
恐ろしいことを言われたはずなのに、なぜだかわたしは救われたと感じた。
「麻美ちゃーん! どこー?!」
「麻美さん! 無事なら返事をしてください!」
わたしを呼ぶ声が聞こえた。やがて路地の向こうから田丸と中沢がやって来るのが見えた。
マル、ケイ……。二人ともわたしを探しに来てくれたんだ……。
わたしはすぐさま立ち上がり、
「わたしはここよー!」
二人に存在を知らせるべく大きく手を振ってみせた。
わたしの存在に気付き、二人は足を速める。
それを確認したわたしは、ふと横を向いた。
「……え?」
そこに殺し屋はいなかった。あたりを見回してみたものの、あるのはひんやりとした路地裏の静寂だけ。目立たない効果を狙っているようでいて、その実、周囲から浮きまくっていた黒ずくめの男は、まるで最初から存在していなかったかのようにこの場から消え去っていた。