最寄りの駅から電車で三十分ほど揺られ、わたしは目的の町に到着した。後ろから次々と押し寄せる人波に流されるように駅舎を出ると、日曜の日中は歩行者天国になっている道路を横切り、駅西口前の公園に入っていった。中央に設置されている噴水のあたりまでやってくると、円形の園内をぐるりと見回した。同じ沿線に住んでいるということで一緒に来ると言っていた田丸と中沢の姿はまだ見えない。約束の時間までまだ十五分以上あるのだから当然か。わたしは空いているベンチを見つけ、ガムや鳥のフンが付いていないことを確認してから腰を下ろした。ここで二人が来るのを待つことにしよう。
 夜にはナンパスポットとして賑わうこの公園も、まだ陽が高いこともあり健全な姿をしていた。夜には出没しない種類の若者や、家族連れの姿が多く見受けられる。群れている鳩を見つけては幾度も突撃を繰り返す小さな子どもと、それに律儀に付き合って飛び去る鳩の様子を見て、わたしはくすりと笑ってしまった。
「平和だねぇ……」
 ちょうどいい陽気も手伝い、わたしは大きく伸びをした。
 思えばここに来るのはずいぶんと久しぶりだ。以前来た時は夜で、ナンパされるのが目的だったっけ。でもその日はまったくの不漁で、結局声をかけてきたのは宗教青年と殺し屋だけだったんだよな。
「……ん? 殺し屋?」
 そうだ。あの日、わたしは殺し屋に声をかけられたんだった。背が高く、全身黒ずくめの恰好をした、けっこうイケメンの殺し屋を名乗る男に。殺してほしい相手はいないかと尋ねる殺し屋にわたしは言ったのだ。「わたしは、わたしを殺してほしい」と。
 ……そのことをすっかり忘れていた。
 自分が殺されるかもしれないというのに、そんなことなどすっかり忘れてのうのうと生活していたとは……。我ながら、脳天気なことこの上ないな。
 でもまあ、今もこうしてぴんぴんしているのだから、あの殺し屋はまったくの偽物だったということなのだろう。そりゃそうだよな。もともと最初から信じてはいなかったしね。
「なーんだ、つまんないの」
 わざわざ口に出して言ってみたとたん、本当につまらなくなってきてしまった。
 あのときわたしは、毎日を生きていることがつまらないと感じていたはずだ。これ以上生きていてもしょうがないと思っていたはずだ。だからこそ、殺し屋に自分を殺してほしいと依頼したはずなのだ。
 なのに、なんでわたしは今もなお、平然と生き続けているのだろう? わたし、死にたいんじゃなかったの?
 あれほど眩しかった太陽の光が陰ったように感じられた。鮮やかにきらめいていた風景がとたんに色褪せて見えた。家族連れの楽しげな声が耳障りなノイズにしか聞こえなくなってしまった。
 この広い世界の中に、わたしひとりだけがぽつんと取り残されてしまったような……そんな気分になってしまった。
「麻美ちゃーん!」
 わたしを呼ぶ声で我に返った。はっとして声がした方向に目を向けると、公園の入口のところで伸びをせんばかりに大きく手を振っている田丸の姿が見えた。その隣には照れくさそうに小さく手を振っている中沢の姿もあった。
 ……まったく、そんな大声で人の名前を呼ばないでよね。
 気恥ずかしく思いながらもs、二人が来てくれたことにわたしはほっとした。……さっき感じた、仄暗い感情は忘れることにしよう。
 田丸と中沢がこちらに向かって歩いてくる。わたしも二人の元に向かおうとベンチから立ち上がったところ、視界にひとりの男の姿が飛び込んできた。
 レトロなソフト帽に暑苦しいトレンチコートという、全身黒づくめの姿をした長身の男――殺し屋だ。
 殺し屋は田丸と中沢の後ろに立っていた。じっとわたしを見つめている。笑顔を絶やさなかった以前とは違い、いっさいの表情がない。それはまるで、どんな冷酷な行為も平然とこなすことができる、まさに殺し屋の顔をしていた。