「まったく、なんでわたしがこんな面倒なことに付き合わなくちゃならないんだか……」
 回想から戻ってきたわたしは、今一度大きなため息をつくと、框から立ち上がり、母の方を振り向いた。
 母はにんまりと笑みを浮かべている。
「……何よ、気持ち悪いなぁ」
 眉をしかめるわたしとは対照的に、母のニヤニヤは増していく。
「仕方なくという割には、朝早くに起きたりして妙に気合いが入っているなと思ってね。普段、休みの日は昼まで寝ているのにさ」
「……今日は、たまたま早めに目が醒めただけだから」
「そうなんだ」
 母のニヤニヤは止まらない。……この人、絶対デートか何かだと思っているな。
「わたしはもう行くからね!」
 これ以上付き合っていられないと思い、わたしが玄関の扉に手をかけたところ、居間から父がのそっと姿を現した。
「ん」
 と、相変わらず一文字で母にどうしたのか訊く。母が「お友達とお出かけなんですってよ」とニヤニヤで言うと、「ん」と納得したようにうなずいた。そして、わたしの方を向き、
「車に気をつけて行ってきなさい」
 一瞬、何が起こったのかわからなかったわたしだったけど、理解が追いつくと仰天した声を上げてしまった。
「うわっ、喋った!?」
「……あんた、自分の父親をなんだと思っているのよ」
 母が呆れたようにツッコミを入れた。
 衝撃の展開を経て、改めてわたしは出かけようとした。ドアノブに手をかけたところで、ふと玄関の方を振り向く。そこには相変わらず父と母が並んで立っていた。これじゃまるで、出かける娘を温かく見守る両親という構図じゃないか。
 なんだか気恥ずかしくなってしまったけど、二人に向かってわたしは言った。
「じゃあ、行ってきます」
 父は軽く微笑んで、母は小さく手を振りながら答えた。
「行ってらっしゃい」