松永先輩は音をたてないようゆっくりと扉を閉じていく。隙間から見える屋上の風景がどんどん薄っぺらになっていく。
 わたしはその様子を後ろで眺めながら、どうして自分が屋上に行くという禁を犯したのか考えていた。それは本来、真面目ないい子であるわたしからは到底考えられない行為であったから。
 扉の閉まる音の正体を確かめたいという好奇心?
 一目でいいから屋上を見てみたいという欲望のせい?
 そこには特別な何かが待っていると思ったから?
 ……わからない。自分でも自分のとった行動の理由をうまく説明できそうになかった。
 しいていうなら、あれだけの騒音の中にありながら屋上の扉が閉まる微かな音を聞くことができたことに、何か運命的なものを感じたからではないだろうか。わたしはその運命に導かれるように屋上へと向かったんだ。
 何を馬鹿なことをって笑われるかもしれない。それは自分でも重々承知している。そんな安っぽい空想を本気で信じられるほど、わたしは子どもではないのだから。
 それでも、わたしは期待せずにはいられなかったんだ。屋上に行くことによって、これまでの日々とは違う素敵な何かが始まるんじゃないかという淡い期待を――

 扉は完全に閉じられ、わたしの前から空は消えた。