「わたし、他の人が校則違反をしているのを見るとすごく不快な気分になるんです。でもそれは、校則を守っていないことに怒っているんじゃないんです。自分はちゃんと守っているのに不公平だと思っているだけなんです。単に、要領のいい人たちのことを妬んでいるにすぎないんです」
……なんでこんなことを松永先輩に話しているんだろう?
流れる雲をぼんやり眺めながら、わたしは自らの口から自分の嫌な部分が滔々と語られることに困惑せずにはいられなかった。こんなこと他人に――それも松永先輩に話すべきではないのに。そんなことをしたら、純子ちゃんみたいに冷ややかな目を向けられてしまうのに……。
そう思いながらも、わたしの口から滔々と己を断罪する言葉がこぼれ落ちていく。
「そのくせ、そういう人たちに面と向かって注意のひとつもできない意気地なしなんです。今日だってそう。掃除をしない男子に何も言えなかった。沢田さんみたいに悪いことは悪いと言う勇気すらないんです」
でも、不思議と嫌悪感や羞恥心のようなものはなくて――
「わたしは服装頭髪検査の検査の時だけ校則を守る生徒や、それを注意しない先生たちを嫌らしいと思っていました。……でも、一番嫌らしい人間はわたしです。いつまでも真面目ないい子でいようとするわたしこそが、他の誰にも増して姑息で、卑怯で、ずるくて、臆病で、嫌なやつに違いないんです」
むしろ、胸にわだかまっていた重い物がすーっと抜けていくような感じがして――
「悲しいけれどこれがわたしという人間なんです」
心が軽くなっていくような感じがして――
「だから、わたしはこんな自分が――」
――さらり。
わたしの髪に何かが触れた。
はっとして松永先輩に顔を向ける。
先輩はじっとわたしを見つめていた。その目はとても優しげだ。
「ありがとうね」
先輩はわたしの頭を撫でた。
「辛かっただろうに、よく話してくれたね」
先輩は指でわたしの髪を梳く。
「由佳は強いね」
先輩は何度も何度もそれを繰り返す。
あぁ、そうか……。
わたしは松永先輩に話を聞いてもらいたかったんだ。
わたしのすべてを知ってもらいたかったんだ。
そして、わたしのことを受け止めてもらいたかったんだ。
先輩はそんなわたしの想いに真摯に応えてくれた。それは、この上なく嬉しいことで……。
胸に熱いものが込み上げてきた。瞳が潤んで視界がぼやけ出す。すきま風のような嗚咽が絶え間なくこぼれる。それでも泣かないよう耐えようとする。泣いたりしたら人に迷惑をかけてしまうから。そう思っていたからこそ、わたしはこれまで痛いときも、悲しいときも泣かないように努めてきたのだ。
先輩が小さくわたしに頷いた。その目は「もう我慢しなくてもいいよ」と言ってくれているのだと思った。
だから、わたしは我慢するのをやめた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
わたしは大声で泣き出した。涙が次から次へと瞳から溢れ出ていく。それは、今までため込んでいた涙が一気に放出されたかのような激しさだった。
松永先輩は、わたしの頭を腕の中に包み込むように抱擁した。先輩の柔らかな胸にわたしの顔が押しつけられる。
それはちょっと強めで、少し痛くて――
でもとても暖かくて、すごく気持ちがよくて――
わたしは松永先輩の胸の中で、まさに涙が枯れるまで泣き続けた。
その日の晩、雨が降った。それは梅雨特有の鬱陶しい霧雨ではなく、世界全体を覆い尽くさんばかりのどしゃ降りだった。
翌日の朝、空はからりと晴れ上がり、すっきりとした青の世界が一面に広がっていた。
梅雨が明けたのだ。
……なんでこんなことを松永先輩に話しているんだろう?
流れる雲をぼんやり眺めながら、わたしは自らの口から自分の嫌な部分が滔々と語られることに困惑せずにはいられなかった。こんなこと他人に――それも松永先輩に話すべきではないのに。そんなことをしたら、純子ちゃんみたいに冷ややかな目を向けられてしまうのに……。
そう思いながらも、わたしの口から滔々と己を断罪する言葉がこぼれ落ちていく。
「そのくせ、そういう人たちに面と向かって注意のひとつもできない意気地なしなんです。今日だってそう。掃除をしない男子に何も言えなかった。沢田さんみたいに悪いことは悪いと言う勇気すらないんです」
でも、不思議と嫌悪感や羞恥心のようなものはなくて――
「わたしは服装頭髪検査の検査の時だけ校則を守る生徒や、それを注意しない先生たちを嫌らしいと思っていました。……でも、一番嫌らしい人間はわたしです。いつまでも真面目ないい子でいようとするわたしこそが、他の誰にも増して姑息で、卑怯で、ずるくて、臆病で、嫌なやつに違いないんです」
むしろ、胸にわだかまっていた重い物がすーっと抜けていくような感じがして――
「悲しいけれどこれがわたしという人間なんです」
心が軽くなっていくような感じがして――
「だから、わたしはこんな自分が――」
――さらり。
わたしの髪に何かが触れた。
はっとして松永先輩に顔を向ける。
先輩はじっとわたしを見つめていた。その目はとても優しげだ。
「ありがとうね」
先輩はわたしの頭を撫でた。
「辛かっただろうに、よく話してくれたね」
先輩は指でわたしの髪を梳く。
「由佳は強いね」
先輩は何度も何度もそれを繰り返す。
あぁ、そうか……。
わたしは松永先輩に話を聞いてもらいたかったんだ。
わたしのすべてを知ってもらいたかったんだ。
そして、わたしのことを受け止めてもらいたかったんだ。
先輩はそんなわたしの想いに真摯に応えてくれた。それは、この上なく嬉しいことで……。
胸に熱いものが込み上げてきた。瞳が潤んで視界がぼやけ出す。すきま風のような嗚咽が絶え間なくこぼれる。それでも泣かないよう耐えようとする。泣いたりしたら人に迷惑をかけてしまうから。そう思っていたからこそ、わたしはこれまで痛いときも、悲しいときも泣かないように努めてきたのだ。
先輩が小さくわたしに頷いた。その目は「もう我慢しなくてもいいよ」と言ってくれているのだと思った。
だから、わたしは我慢するのをやめた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
わたしは大声で泣き出した。涙が次から次へと瞳から溢れ出ていく。それは、今までため込んでいた涙が一気に放出されたかのような激しさだった。
松永先輩は、わたしの頭を腕の中に包み込むように抱擁した。先輩の柔らかな胸にわたしの顔が押しつけられる。
それはちょっと強めで、少し痛くて――
でもとても暖かくて、すごく気持ちがよくて――
わたしは松永先輩の胸の中で、まさに涙が枯れるまで泣き続けた。
その日の晩、雨が降った。それは梅雨特有の鬱陶しい霧雨ではなく、世界全体を覆い尽くさんばかりのどしゃ降りだった。
翌日の朝、空はからりと晴れ上がり、すっきりとした青の世界が一面に広がっていた。
梅雨が明けたのだ。