彼女が階段を登りきった先にその扉はあった。
 灰色をした、見るからに重たげな鉄製の扉だ。
 ここにはその扉以外のものは何もない。

 階下の喧噪が彼女の耳に届く。
 無邪気で、健やかで、この世の憂いなど何も知らないかのような、若くて、元気な者たちが発する、声、声、声。
 だが彼女には、それらが遙か遠い世界の出来事のように感じられた。
 扉の向こう側――
 そこは、この騒々しさからさらに遠く離れた世界。
 そこは、彼女の居場所。

 彼女はスカートのポケットをまさぐり、嵌木細工のキーホルダーが付いた銀色の鍵を取り出す。
 それは彼女をあの場所へと誘ってくれる魔法の鍵。
 鍵を扉の鍵穴に差し込み、回転させる。
 無機質な音をたて、扉は解錠された。

 彼女はドアノブを握る。
 手のひらにひんやりとした感触が走る。
 はやる気持ちを抑えるようにひとつ小さく息をついてから、静かに扉を押していく。
 両腕に感じるずっしりとした重み。
 扉はゆっくりと開かれていき、向こう側の世界が彼女の眼前に姿を現す。

 そこには――

 彼女は吸い込まれるように扉の向こう側へと消えていった。

 かすかな音だけを残し、扉は静かに閉じられた。