当時を思い出すとかならず、あるメロディーが頭に浮かんでくる。
 
 彼がひとりで店番しているときにいつもかけていた曲だ。

 はじまりは鈴の音を思わせるピアノの軽やかなトレモロ。それからメロディーを奏ではじめ、そこに官能を刺激する響きのヴァイオリンが重なり、さらに語りかけるようなテナー・サックスがかぶさってゆく。

「なんて言う曲?」
 2度目に聴いたとき、わたしはシド兄に尋ねた。

「『アット・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド』」
「『世界の終わり』?」
「それが定訳だろうけど、おれは『この世の果てで』って意味かなって、勝手に思ってるんだ。終末っていうほど、絶望的な感じはないだろう?」
「そうだね。たしかに」  
「この世とあの世の境目で奏でられる音楽、って感じかな」