熊本県阿蘇外輪山
花崎千秋は二年振りに阿蘇山と九重連山が一望できる阿蘇外輪山北側の草原にある乗馬クラブでクォーターホースに跨がり、姉と一緒に阿蘇の綺麗で涼しい空気と雄大な自然を満喫していた。
ここの乗馬クラブは母の実家の近くにあり、去年はテニス部の練習漬けで来れなかったから、またこの馬達に再会できたことがとても嬉しかった。
千秋はキュロットとロングブーツを履いてヘルメットを被り、先導するガイドのクォーターホースについて行く、隣には三つ上の姉で東京の大学に通ってる花崎睦美も帰省して乗馬を楽しんでいる。
「千秋、あれからどう? 特に吹部の子は大丈夫なの?」
姉も細高出身だ。ほっそりとしたシルエットの小顔美人で長い黒髪を編んでまとめ上げ、キリッとした凛々しい切れ長の眼差しは姉妹そっくりで、姉に至っては日本刀にも通じる鋭さだ。
在学中は前理事長の孫娘として知られて風紀委員に所属し、不正や風紀を乱す物を許さない姿勢から鬼の風紀委員と呼ばれていた。
「うん大丈夫、あの子は思ってる以上に強い子よ」
千秋は誇らしげに微笑んで頷くと、睦美も微笑みを返す。
「そういう千秋も前よりいい顔してるじゃない、部活辞めていいことあったようね?」
「うん、中学から一緒にテニス部やってた友達が辞めたから、もう続ける理由もなくなったの……私も素直じゃなかったけど、そんな私のことを友達だって言ってくれたから」
「まさか真面目な千秋が途中で部活辞めるなんて、お祖母様もきっと呆れてると思うわ」
睦美は苦笑する。花崎姉妹の祖母は幼い頃に亡くなってるが姉は今でも尊敬してるという。
それ故に姉は在学中に幾度も前理事長の孫娘という肩書に苛まれ、葛藤したこともあったという。千秋も入学した時には前理事長の孫娘として一部の先生からも注目された。
「私は私、お祖母ちゃんはお祖母ちゃん」
千秋はそう言って孫娘として扱われるのを嫌って言うと、高森先生は苦笑して頷いてくれた。
「はいはい。夏海ちゃんだっけ? この前、顔を真っ赤にして泣いて家に来た子?」
「うん、夏海は吹部で沢山苦しんで、辞めた後も苦しんで、それで春菜が手を差し伸べたの」
守屋さんをビンタして逃げた後、千秋はみんなを自宅に連れて行き、睦美にソーメンを作ってもらい、その後はみんなのためにスイカを切ってくれた。
千秋は心に決めていた。このたった一度の夏休みを大切な友達のために捧げようと。
「千秋も変わったね、まさか男の子も家に連れて来るなんて」
睦美は珍しく茶化すような眼差しと笑みを見せるが、千秋は真っ向から否定する。
「私にはやらなきゃいけないことがあるの! 如月君は冬花のことが好きだし、朝霧君も夏海のことが好きなのよ!」
うまくいくかどうかわからない、余計なお世話だと言われるかもしれないけど構わない。だけど、あの五人と幸せな気持ちで彗星を見上げたい! いいえ、見上げて欲しい!
睦美は少し心配した表情になる。
「相変わらず良くも悪くも真っ直ぐね、いいの? 男の子作らなくて、一度っきりの夏休みよ」
「構わないわ! 私は春菜と仲良くしてる夏海のことを羨んで、嫉妬してた。だけどその私に手を差し伸べて、一緒に彗星を見上げて、居場所を作って、青春しようって……冬花も私が春菜のことでモヤモヤして、自分自身が嫌になりそうで泣き出しそうな時に、優しく抱きしめてくれたの……そして春菜も、こんな不器用で、意地っ張りで、器の小さい私のことを、友達だって言ってくれた……朝霧君も、如月君だってみんな強くて優しい大事な友達よ!」
千秋は朝霧光が夏海に恋し、如月望も冬花に思い続けていることを肌で感じている、睦美は温かい笑みを見せて激励する。
「そこまで熱くなるなんてね、いいわ。頑張ってね!」
「勿論よ!」
睦美は自信と誇りに満ちた目で頷くと、睦美は話題を変える。
「ところで話し変わるけど、吹部顧問の先生が変わったからその夏海ちゃんを呼び戻す空気になったんだよね?」
「うん、笹野先生の代わりに今年入ってきた柴谷先生よ」
「……その柴谷先生って、もしかして柴谷太一先生?」
睦美は静かに驚いてる様子だ、どうして知ってるんだろう? 千秋は首を傾げて訊く。
「えっ? どうして知ってるの?」
「ううん、細高にいた頃玲子先生から聞いたのよ、凄く腹黒い変人だったって……そっか、細高に帰ってきたんだね、あの人」
睦美の横顔は感慨深そうにかつての恩人に思いを馳せてる様な表情だ。
「確かに変わった人よ。冬花から聞いたけど音楽準備室を私物化してそこで紅茶飲むためにカセットコンロやティーセットに茶菓子、それから愛読してる小説まで持ち込んで、昼休みは部員の子達とティータイムを過ごしてるって」
「確かに変人ね、でもその先生のおかげで吹部の雰囲気が良くなったんだって?」
睦美は続きを訊くと、千秋は駒崎八千代の顔を思い浮かべながら頷く。
「うん、これは吹部にいるクラスメイトの子から聞いた話よ」
千秋は前置きすると睦美は頷く。
「最初に合奏を聞いた時凄く渋い顔してまた怒鳴られるかな? って萎縮してたら、こんなこと言ったの『演奏自体は悪くないけど初歩や基礎以前に一番大切なことを忘れてる。最初の指導は君達に音楽の楽しさを教え直すことだ』ってね、柴谷先生の練習は厳しいけど、凄く優しくて、一年生のフルートの子が本気で恋してるんだって……奥さんいるのに」
「それ本当なの?」
睦美は苦笑しながら訊く。
「うん、冬花から聞いたんだけど奥さんは幼馴染みで高校の時から付き合ってたんだって」
「まさか叶わぬ恋だと知りながら健気に吹いてるの?」
睦美が少し心配した表情で言うと、千秋もその子のことが心配になってきた。
「うん、早く先生意外に好きな男の子を見つければいいのに……」
「人の心配より自分の心配をしなよ。千秋、この前また大神先生に追いかけられたんでしょ?」
睦美は苦笑しながら問うと、この前の火の国まつりの時を思い出す。
辛島公園で追いかけられた時は偶然、仲が良かった笹野先生がいてかなり痩せ細って車椅子を押してたから大神先生に教え、ようやく追跡を諦めてくれた。
「ええそうよ、だから何? もう春菜のいないテニス部には戻らないわ!」
「勿体ないわね、インターハイにも出たのに」
「悪いけど、そんな名誉なんて何の役にも立たないわ。それに……ちゃんと私は前を向いてるから!」
千秋は同時に跨がってるクォーターホースに足で力強く合図すると、のんびり歩いていたクォーターホースは千秋に応えて走り出した。
振り向くことなく千秋は前傾姿勢で文字通りの人馬一体となり、風を切ってリズミカルに蹄を鳴らしながら阿蘇外輪山の草原を駆け抜ける。
走れ! もっと速く、もっと遠くまで! 誰も私を、私達を止められない!
このたった一度っきりの夏休みを、掛け替えのない友達と思いっ切り駆け抜けるんだ!
花崎千秋は二年振りに阿蘇山と九重連山が一望できる阿蘇外輪山北側の草原にある乗馬クラブでクォーターホースに跨がり、姉と一緒に阿蘇の綺麗で涼しい空気と雄大な自然を満喫していた。
ここの乗馬クラブは母の実家の近くにあり、去年はテニス部の練習漬けで来れなかったから、またこの馬達に再会できたことがとても嬉しかった。
千秋はキュロットとロングブーツを履いてヘルメットを被り、先導するガイドのクォーターホースについて行く、隣には三つ上の姉で東京の大学に通ってる花崎睦美も帰省して乗馬を楽しんでいる。
「千秋、あれからどう? 特に吹部の子は大丈夫なの?」
姉も細高出身だ。ほっそりとしたシルエットの小顔美人で長い黒髪を編んでまとめ上げ、キリッとした凛々しい切れ長の眼差しは姉妹そっくりで、姉に至っては日本刀にも通じる鋭さだ。
在学中は前理事長の孫娘として知られて風紀委員に所属し、不正や風紀を乱す物を許さない姿勢から鬼の風紀委員と呼ばれていた。
「うん大丈夫、あの子は思ってる以上に強い子よ」
千秋は誇らしげに微笑んで頷くと、睦美も微笑みを返す。
「そういう千秋も前よりいい顔してるじゃない、部活辞めていいことあったようね?」
「うん、中学から一緒にテニス部やってた友達が辞めたから、もう続ける理由もなくなったの……私も素直じゃなかったけど、そんな私のことを友達だって言ってくれたから」
「まさか真面目な千秋が途中で部活辞めるなんて、お祖母様もきっと呆れてると思うわ」
睦美は苦笑する。花崎姉妹の祖母は幼い頃に亡くなってるが姉は今でも尊敬してるという。
それ故に姉は在学中に幾度も前理事長の孫娘という肩書に苛まれ、葛藤したこともあったという。千秋も入学した時には前理事長の孫娘として一部の先生からも注目された。
「私は私、お祖母ちゃんはお祖母ちゃん」
千秋はそう言って孫娘として扱われるのを嫌って言うと、高森先生は苦笑して頷いてくれた。
「はいはい。夏海ちゃんだっけ? この前、顔を真っ赤にして泣いて家に来た子?」
「うん、夏海は吹部で沢山苦しんで、辞めた後も苦しんで、それで春菜が手を差し伸べたの」
守屋さんをビンタして逃げた後、千秋はみんなを自宅に連れて行き、睦美にソーメンを作ってもらい、その後はみんなのためにスイカを切ってくれた。
千秋は心に決めていた。このたった一度の夏休みを大切な友達のために捧げようと。
「千秋も変わったね、まさか男の子も家に連れて来るなんて」
睦美は珍しく茶化すような眼差しと笑みを見せるが、千秋は真っ向から否定する。
「私にはやらなきゃいけないことがあるの! 如月君は冬花のことが好きだし、朝霧君も夏海のことが好きなのよ!」
うまくいくかどうかわからない、余計なお世話だと言われるかもしれないけど構わない。だけど、あの五人と幸せな気持ちで彗星を見上げたい! いいえ、見上げて欲しい!
睦美は少し心配した表情になる。
「相変わらず良くも悪くも真っ直ぐね、いいの? 男の子作らなくて、一度っきりの夏休みよ」
「構わないわ! 私は春菜と仲良くしてる夏海のことを羨んで、嫉妬してた。だけどその私に手を差し伸べて、一緒に彗星を見上げて、居場所を作って、青春しようって……冬花も私が春菜のことでモヤモヤして、自分自身が嫌になりそうで泣き出しそうな時に、優しく抱きしめてくれたの……そして春菜も、こんな不器用で、意地っ張りで、器の小さい私のことを、友達だって言ってくれた……朝霧君も、如月君だってみんな強くて優しい大事な友達よ!」
千秋は朝霧光が夏海に恋し、如月望も冬花に思い続けていることを肌で感じている、睦美は温かい笑みを見せて激励する。
「そこまで熱くなるなんてね、いいわ。頑張ってね!」
「勿論よ!」
睦美は自信と誇りに満ちた目で頷くと、睦美は話題を変える。
「ところで話し変わるけど、吹部顧問の先生が変わったからその夏海ちゃんを呼び戻す空気になったんだよね?」
「うん、笹野先生の代わりに今年入ってきた柴谷先生よ」
「……その柴谷先生って、もしかして柴谷太一先生?」
睦美は静かに驚いてる様子だ、どうして知ってるんだろう? 千秋は首を傾げて訊く。
「えっ? どうして知ってるの?」
「ううん、細高にいた頃玲子先生から聞いたのよ、凄く腹黒い変人だったって……そっか、細高に帰ってきたんだね、あの人」
睦美の横顔は感慨深そうにかつての恩人に思いを馳せてる様な表情だ。
「確かに変わった人よ。冬花から聞いたけど音楽準備室を私物化してそこで紅茶飲むためにカセットコンロやティーセットに茶菓子、それから愛読してる小説まで持ち込んで、昼休みは部員の子達とティータイムを過ごしてるって」
「確かに変人ね、でもその先生のおかげで吹部の雰囲気が良くなったんだって?」
睦美は続きを訊くと、千秋は駒崎八千代の顔を思い浮かべながら頷く。
「うん、これは吹部にいるクラスメイトの子から聞いた話よ」
千秋は前置きすると睦美は頷く。
「最初に合奏を聞いた時凄く渋い顔してまた怒鳴られるかな? って萎縮してたら、こんなこと言ったの『演奏自体は悪くないけど初歩や基礎以前に一番大切なことを忘れてる。最初の指導は君達に音楽の楽しさを教え直すことだ』ってね、柴谷先生の練習は厳しいけど、凄く優しくて、一年生のフルートの子が本気で恋してるんだって……奥さんいるのに」
「それ本当なの?」
睦美は苦笑しながら訊く。
「うん、冬花から聞いたんだけど奥さんは幼馴染みで高校の時から付き合ってたんだって」
「まさか叶わぬ恋だと知りながら健気に吹いてるの?」
睦美が少し心配した表情で言うと、千秋もその子のことが心配になってきた。
「うん、早く先生意外に好きな男の子を見つければいいのに……」
「人の心配より自分の心配をしなよ。千秋、この前また大神先生に追いかけられたんでしょ?」
睦美は苦笑しながら問うと、この前の火の国まつりの時を思い出す。
辛島公園で追いかけられた時は偶然、仲が良かった笹野先生がいてかなり痩せ細って車椅子を押してたから大神先生に教え、ようやく追跡を諦めてくれた。
「ええそうよ、だから何? もう春菜のいないテニス部には戻らないわ!」
「勿体ないわね、インターハイにも出たのに」
「悪いけど、そんな名誉なんて何の役にも立たないわ。それに……ちゃんと私は前を向いてるから!」
千秋は同時に跨がってるクォーターホースに足で力強く合図すると、のんびり歩いていたクォーターホースは千秋に応えて走り出した。
振り向くことなく千秋は前傾姿勢で文字通りの人馬一体となり、風を切ってリズミカルに蹄を鳴らしながら阿蘇外輪山の草原を駆け抜ける。
走れ! もっと速く、もっと遠くまで! 誰も私を、私達を止められない!
このたった一度っきりの夏休みを、掛け替えのない友達と思いっ切り駆け抜けるんだ!