冬の港に朝が来る。

紀州の海には早朝から
フィッシャーやカメラマンが
大勢来ていた。

カメラマンが狙うのは
冬に起きる自然現象 『海霧』。

海から立ち上る霧の中を
造形ある岩の間を
走る漁船は
幻想的なシャッターチャンスに
なる。

朝の港に
出来上がった藁舟と人形を
5人で担いでいると

港のカフェデッキから
男の声が聞こえた。

「おーーーい!おはよー!」

いかにも南国顔立ちの
ワイルドイケメンが
大きく手を振りながら
下に降りて、

「それ、面白そうやけど?」

と、長い睫毛を揺らしながら
藁舟を示す。

「ルイさん、おはよー。精霊舟
流しにいくねん。ルイさん、
暇なんやったら来るー?」

そんなルイに、
よく寝た顔のチョウコが
にこやかに誘う。

「チョウコさん、また、勝手に
誘って。一応、わたしが藁舟
作ったんですけど!!徹夜で」

すかさず
目の下にクマを作ったリンネが
不機嫌そうに口を開いた。

「あ。なら、リンネさんの、
持ってる人形、オレ持つって」

南国風イケメン・ルイは、
人懐っこい笑顔で
否応なしにリンネから
等身大藁人形を取り上げると、
そのまま肩に担いだ。

その様子に、
熊大男カメラマン・クラシタの
眉間に皺がよる。

「ルイさん仕込み、ありはらへん
のん?店かて、ええんやろか」

そんなクラシタに
しっかり気が付きつつ、
やはり睡眠がとれて
機嫌のいいキコがルイに問う。

「オレ、夜番なんだよ。ご一緒
していいですかね?皆さん?」

肩に担いだ人形を持ったまま、
今度は藁舟を持つ2人の男性陣に
ルイは、笑いかけた。

「えぇ!もしかして、ペーハの
ライバルなのかなぁ?!まあ
それはそれで、面白いからねぇ
別にいいんじゃない?ハジメ
です~。よろしく~。って、
君、どこかで会ってるよねぇ」

ギャラリーオーナーのハジメが、
目を爛々とさせてルイに
食い見る。

「あ、ルイです。いやー、オレは
覚えがないけどな。どうかな」

ルイはくしゃりと前髪をかき揚げ
弱冠引きつつ記憶を探る体を
見せた。

「、、クラシタです。どうも」

そんなルイに、カメラだけを
肩に提げたクラシタが、静かに
会釈する。

「もう、行きますよ!時間きちゃ
いますから。あ、お世話になり
まーす。お願いしまーす!」

男性陣のやり取りに、
機嫌の悪いリンネが
とうとう
鶴の一声を上げて
堤防に合図をした。

漁師宿の亭主が、
後ろに小さなフロート板を
ひっぱりながら船を寄せる。
藁舟だけでは直ぐに沈む為、
この板に置いて沖まで
ひっぱるのだ。


「あ~、そうだぁ。これぇ、
ボクが作った草鞋。レディドー
ルの人形に着けてくれるぅ?」

3人になった男性陣が、
藁舟を浮き板に乗せ、
女性陣が、
人形を船に座らせた時、ハジメが
コートのポケットから
片方だけの草鞋を出して

リンネの人形に履かせた。

「なんで、片方だけなん?普通
両足にはかせるやんか。あ、」

チョウコは不思議顔にして
口にした途端、気が付く。

「・・・・」

「、、ハジメさん?、」

無言のリンネと
微笑むハジメをクラシタが
見比べる。

「さぁ~、舟を浮き板に乗せてぇ
人形達も乗せてあげようねぇ」

「ハジメくん。ほんまに。」

呆れたキコの隣で、
新参者のルイが
藁を払いながら、キコに

「この精霊舟ってさ、人形って
乗せるの、何で?あ、空気、」

聞いたが、キコにペシャリと
頭をはたかれ、

「え、はいはいっと。」

目を白黒させた。

藁舟の上に3つの藁人形が
行儀よく乗せられ。
その間に
白、黄、紫と菊の花が
ハジメや、クラシタ、
ルイの手を添えられる。

最後にハジメが
リンネ、チョウコ、キコに
一輪ずつ百合を渡して

3人が人形に其々持たせた。

リンネの人形には草鞋。
チョウコの人形には腕に蝶々結。
キコの人形にはネクタイが、

藁でつけられて。

『プォーー、、』

小さな漁船が 軽い汽笛を
鳴らす。

港には立ち会いの漁港管理人が
居るだけで、
あとはリンネ達が

汽笛と共に 祈る。

藁舟は そのまま漁船に
引っ張られて桟橋から離れた。

「まるで、補陀落船、ですね」

離れる舟を見てリンネが
呟く。

「もしかしてさ、葬送の儀って
やつなのかな、これってさ。」

リンネの様子に、ルイが
真面目な顔でハジメに問う。

「どうだろうね~。そうなのかも
しれないけどねぇ。ひとことじゃ
ボクも言えないなぁ~。」

ハジメは、
少しずつ遠ざかる藁舟を
見つめながら答えた。

漁船に引かれて藁舟は港を離れ
入江から出れば、
海の上で燃やされる手筈。

「、、じゃあ、灯台の展望に、
移動、しますか。ユアさん、」

「そうですね。上がりましょ」

それを、高台から見る為に、
移動をクラシタが、
いつまでも、海を見る
リンネに促した。

「展望いくの?ちょっ!待って」

その様子に、
ルイが一旦カフェに戻ると

「昨日の残りもんだけどさ、
せっかくだろ、モーニングな」

簡単に朝食を詰めた箱を手に
軽トラックの荷台に乗り込んだ。

「ほんまに、ドナドナやなぁ」

キコが楽しそうに、同じく
軽トラックの荷台にチョウコと、
ハジメと乗り込む。

クラシタが
軽トラックを運転して
リンネは助手席で仮眠すると
前に乗り込んで、

トラックは短い坂道を、
朝の港を見下ろしながら登る。


「さむ。あ、あれ、もしかして
オケイさんちゃうのん?」

冬の荷台は思う以上に寒く
荷台組が
身を寄せあった時、
登ったところで、
チョウコが、前方を指さした。

「おわ!朝っぱらからか!」

ルイが、手をかざして
荷台から確認して、
キコも隣で目を細めた。

「あれぇほら、ホームの人?
後ろ追いかけてはるからぁ」

昨日から何回か見る老女の
後ろに、制服を着たスタッフが
追いかけるのが見える。

「なら大丈夫か。下にいきゃ、
重鎮らが居てるだろうしな。」

「ルイくん、もうタメ口やん。」

「はは。」

気安げに話を弾ませる
チョウコとルイに、キコも
昨日に聞いた老男性の言葉を
思い出す。

「重鎮んて、幼馴染み達やぁ、
ゆーてはったお爺さま方のこと
やろか?ほら、初恋やったけど
連れ添えなんだゆーてはった」

「へぇ、そんな事はなしたんか。
お爺達もしゃべりやな。」

そんな3人の話を愉しげに
聞いていたハジメが
ゆるゆると口を開く。

「漁村ではある話だよねん。この
辺りもそうなんだよ~。子供が
出来て初めて籍を入れて、それ
までは通い婚でねぇ。親が認め
ないと一緒にはなれないしぃ、
男の子、女の子でぇ組をつくっ
て一緒に成長していくんだよ」

そのハジメの台詞に、
荷台から改めて
ひしめき合うように
重なる集落と、
秘密の基地のような港に
全員が視線をよせた。

「あたし、それなら、結婚して
へんことになるやん。独身や」

「ほんまやわぁ、そなら、
うちも独身になるやない?」

徐にチョウコと、キコが
おどけると、

「そぉなるかなぁ。アハハ。
旅する漁師が無事に成功して
帰ってくる難しさとかねぇ、
嫡男だけに受け継ぐ釣り技とか
あるだけにさぁ、子供とかって
大きい要因なんだろね~。」

ハジメが、乾いた風に言葉を
続けた。