「やあ、美人さんばっかりやね。
雑賀崎には、観光?見るとこ
あんまりないってゆーから、
釣りかなぁ?オレもヘルプで
ここ来てるから、あんま詳しく
ないんだよね。あ、ルイって
いいます。琵琶湖くること、
あったらココ来て名刺。
ここで バルしてるからって、
美人さん達は
何処の人達なの?友達で旅?」


リンネ曰く
古来から優秀な漁師達が
住んでいたという集落は、
信長を脅かした狙撃の雑賀衆の
末裔を組むらしく、

戦国時代から傭兵だけでなく
漁でも全国に名を轟かせた。
その理由は
昭和初期まで、鯛の1本釣りで
五島列島から
房総、北海道まで、戦だけでなく
1年中全国を旅する
旅する漁師
『海の雑賀衆』としても
海を無尽に走ったのだ。


「あ、ここんカフェのオーナー
が、先輩で。今ちょっと店に
出れないからって、オレがね、
ヘルプ 。まあ、どこもこんな
ご時世っしょ?うちのバルも
観光が出来ないと何な所だし。
まあね、飲食してると休み
取れないから、この際ってね」


大正までは
集落の男子殆どが
漁師になり、とくに1本釣りの
継承は長男のみ。
あとの男子は
外へ出て漁をするしかないという
ルールが、旅する漁師を
生み出す。


「この辺りは、今はさ観光に
力入れてるって聞いたけどね、
もともとは釣りの
聖地だからなぁ。年がら年中
フィッシング客が来るってね、
オレもこの機会に海釣りしよっ
かなー。って思ってるかな。」


海には縄張りがある。
全国に出庭っていけば、
地元漁師との確執は生まれるのが
セオリーだが、
そうはならなかった。
もちろん漁場を借りての
遠征先の税も払う。
加えて提供したのは
秘伝の漁技。
紀州は漁法の開発が盛んに
行われた漁基地でもある。
明治以前で、
紀州漁師が開発しなかった
漁法を見つける方が難しいとも
言われた。

「それがね、ここに来て、
オレも意外だったっていうか、
さんま!名産なんだってね。
あと、『かったくり』っ
て疑似餌でする冬の一本釣りで
釣るサバってのが、すごい脂が
のって絶品。もうさ、 刺身で
いけて、鯛にも勝つぐらい。
あ、 さんまの名産まさにここ。
どう?さんまの「灰干し」ある
よ。この時期はとく に、
『かんぴたん』って、旨味が
すごい干物になってるんだよ」


エビタイ。
『海老で鯛を釣る』
高価な鯛を安い海老で釣る。
少量の元手、わずかな労力で
利益をえる。
雑賀漁師は、1人で100貫の鯛を
漁する。主に『針とオモリが1つになったテンヤ漁』やそれを
発達させた『ビシマ釣り』で漁を
する。


「なんでもね、『ひとつテンヤ』
ってのが、ややこしいなくっ
て、 こう シンプルに細い糸の
先に針に海老とオモリだけの
ライトタックで大鯛を釣るんだ
よね、これもさ、ここの古い
漁法アレンジの釣りなんだよ。」

雑賀の一本釣り。
今現代でも、緑色の船体をした
小船が、港に停まっているのを
見かけることができるのだ。


「て、いうかー、めっちゃしゃべ
るねんなールイさん。語りすぎ
やわー。女子に引かれるで。」

チョウコはカウンターで
ペスカトーレを食べ終わり。
サングリアのフルーツを
取り出しながら
カウンター中のイケメンを
非難した。

「チョウコさん、でしたよね。
飲食はお客さんとしゃべっての
仕事でしょ?それに、久しぶり
美人さん相手に、
調子のっとります。アハハ。」

そう言ってワイルドな
いかにも南国出身顔立ちで、
長い睫毛に大きい目を
細くして笑うイケメン。

「いゃあ、絶対チョウコさん
そない言うて、ルイさんみたい
おひと、ドストライクでしょ。
この身体!遊びも上手そうや
し、昔から女子にモテモテ、
男子のリーダーっぽいわぁ。」

キコも3人で頼んだパエリアを
食べきり、ダイキリを口に
運ぶ。

「大将タイプ。俺さま系。ちょい
ワル。ワイルド色気系。確かに
リュウさんのイメージですね」

リンネもコブサラダを
フィニッシュに、カウンター中に
向かってラストオーダーする。

「ルイさん、デザート何か
ありますか?飲まないんで。」

彫りの深い目元の睫毛を
楽しそうにリンネに伏せて

「グリオットピスターシュどう?
先輩、もとパティスリーだよ。
チーズケーキもおすすめ。って
リンネさんだっけ?関東の人?
しゃべり、こっちじゃないし」

カウンターのワイルドイケメンが
リンネにライトグリーンの丸い
ケーキを出して聞く。

「あ!あたしも思っててん!加太
に住んでるわりに、標準語、
全然くずれへんし何んでなん」

「ほんまやわぁ、もと浜っこ
チョウコさんでもこのしゃべり
やもん。リンネさんは紀州弁、
全然ではれへんやんなぁ。」

カウンターのルイをはじめ
チョウコとキコも
リンネに視線を注ぐ。

「、、、、初めて付き合った、、
彼氏にいわれたんです。
将来医者になるから、へんな
話のクセ、つきたくないって、
気を付けて欲しいって、、
それからのままですけど、、」

リンネはピスタチオの風味が
するスポンジにフォークを
入れて、雑に口へ放り込む。

「なんなん?!そいつ?
フツーに、モラハラやんか!」

サングリアのフルーツを
モギュモギュと歯軋りさせる
チョウコと

「へぇ、そないエリート風
ふかせな為られへんのやねぇ、
お医者さんゆーのん。リンネさん
色恋にドライなおひとや思って
たんやけど、意外やわぁ。」

しっかり嫌みを挟んで
キコは、ライムでグラスを
かき混ぜた。

「もう、高校の話です。それに、
わたし、恋愛とかいいんで。
あと、飲み過ぎないで下さい
よ。まだこの後、作業残って
ますからね、おふたりとも。
急遽、おふたりが来たから、
夕食を外にしたんですからね」

リンネは、食べたらすぐに
戻るといわんばかりに
チョウコとキコに
出された水を指さした。

「あれ、リンネさん、こんなに
可愛いのに勿体ないなあ。
今は、フリー?立候補する
けど、どう?オレ、好物件。」

カウンターのイケメンが、
リンネに顔を付き出して
スマイルしながら、
水を追加する。

「ルイくんって、絶対タラシの
モテ男やろ?アカンタイプや」

チョウコは渋々水を飲んで
サングリアのグラスを押しやる。

「ごめんなぁ。ほんでも、ほら
お陰でこないイケメンのお店で
ご飯できたしぃ。それに、
色恋はいらへんていいはるけど
カメラマンさん、リンネさんの
こと好いてはるやろ?どない」

「あ!ゆーてたやん!また
明日とかどうとか!ここに
来るんちゃうん。てか、キコ
さん旦那の連れも、来るって。
それに、まだなんかつくんの」

キコもしっかり水を飲んで
氷まで口に頬ばった時、

「あ!ちょっ!ゴメン。
待って、ストップ!電話する
から外の、あの人、見てて!」

カウンターから窓に視線を
やったイケメンが
慌てて電話を掛けながら
3人に外を注視させる。

「な、なになん!急やな!」

鞄を肩に下げようとした
チョウコが、イケメンの言葉に
躊躇する。

「あれぇ、あの人どっかで
おうてへん?覚えてるわぁ。」

キコが窓から、外を見つめて
首を傾げた。

「キコさん、道に急に出て来た
お年寄りですよ、あの人。」

そんな3人のやり取りを
背中に、
カウンターからイケメンが
電話をしている。

「もしもし、あ、港のカフェで
す。オケイさん、また海きてる
けど?うん、そう組合の前、」

宿に藁を積み込んだ3人が
夕飯場所に選んだのは、
夜の港が一望できるカフェ。

夕飯も食べ終わり
宿に戻ろうとする3人の目の前に

1人の老女がふらふらと
歩く姿が、
カフェの窓からも、
よく見えた。