『ガサガサ、ブチッ、ガッガッ』

『パチン、パチッ、トントン』

フロントミラーに藁が
わさわさするのが見えて、

チョウコが目を細める。

「ちょ!リンネさん!藁!邪魔」

「ややわぁ!藁とんでるわ、
チクチクしはるのんとってぇ」

ハンドルを握るチョウコの横で
キコがシートと背中の間を
手でバッバッと勢いよく払う。

藁を積んだ軽トラックは、
42号のロードを海や、山に入り
ながら走る。

たまに、トンネルややたら南国な
ヤシの木と廃墟を横に流し、
時には
まるで海に突っ込むかのギリギリ
海岸線を舐めて走る。

「せっかくの時間なんで、
人形を作ってしまおうと思い
まして。すいません、藁、
邪魔ですよね。すいません。」

そう言うリンネの顔は、
全く悪びれていなく、無心に
藁で創作をしている。

「いやあ!頭に藁ちってはる。
リンネさん、えろおたいそうな
藁人形、それチョウコさんに
あげたらよろしいわぁ!なあ」

鏡で背中を見ようとするキコが
頭を手ぐしで直して
リンネを白い目で見た。


トルコタウンのカフェからは、
運転をチョウコに変わり、
リンネが後ろの座席につくと
徐に後ろの藁を取り出して
リンネが人形を作り出したのだ。

「旦那にやって?キコさん!
さすがにあたしも常識あるって
あんなデカイ藁人形、使ったら
アカンって。シャレならんよ」

チョウコは
キコ側の手で藁をシッシッと払う

「案山子やんなそれ、
リンネさんは案山子アート、
するんちゃう!当たりやって」

「案山子ですのん?テレビでみた
ことあるわぁ。人少なぁなって
はるとこ、立てたりしはるやつ」

キコが自分の鏡で頭から藁を
取って、開けたウインドウから
外へ飛ばした。

「海に、、燃やしながら流すん
です。亡くなった父の体の、
変わりに。舟も作ります。」

「「・・・・」」

思ってもいなかったリンネの言葉
で、チョウコもキコも俄に黙る。

「もう、紀州に『海女』は殆ど
いないんですけど、伊勢辺り
には養殖の関係でまだ海女さん
がいてるんです。その風習に
ちょっと習って、ハジメさんが
いろいろ掛け合ってくれて。」

リンネは説明をしながらも、
藁を纏める手は休めない。

『ガサガサ、ブチッ、ガッガッ』

『パチン、パチッ、トントン』

規則的な音が急に
軽トラックの中を支配し始める。

「今も『海人』のいるところでは
似た行事もあって、昔は雑賀崎
も『海士』がいたみたいです
ね。とくに『陀落渡海 』があっ
た紀州なんで要望が通りました」

少しずつ形作られる
藁の人形は 大になりつつある

「今さらやけど、、リンネさん
あの日、何の用事あって
『ハホウ』さんに
お参りしてはったんやろか?」

キコがフロントガラスを見たまま
リンネに問い掛ける。

「もう、古道じゃないですけど。
、、ハホウにはヲクリが
出来なかった父の骨納めだけに
行かせてもらいました、。
施設に居てた父が、このウイル
ス厄災 でカネニナリまして。
せめてアヤマキだけでもと。」


『ガサガサ、ブチッ、ガッガッ』

『パチン、パチッ、トントン 』


「「・・・・」」


『ガサガサ、ブチッ、ガッガッ』

『パチン、パチッ、トントン』


規則的な藁を纏めて整える
音が何回か響くと、


「リンネさん?うちも その藁、
貰えるやろか?足りんなる?」

キコがリンネの方を振り返り
リンネの横にある藁を指した。

「大丈夫ですよ。ハジメさん、
もともと作る予定にしてたから
藁も多めに積んでるみたいで」

リンネが横の藁束をポンポンと
叩く。

「え!ほな、あたしもやるって!
リンネさん藁足りる?こんなん
あたしがやらんでどーするん」

チョウコもリンネにミラー越しに
叫んで拍子に軽トラックも
揺れる。

「ほなら順繰りで、お人形と
運転手かえっこしましょっ!」

キコが、リンネから藁束を
受け取り提案すると、

「さっきまで、キコさんあんなに
藁、嫌がってましたよね?」

リンネがすかさず揶揄する。

「いやあ、リンネさんイケズ
やわぁ。うちかて、決めたら
一途にやるやわ。ハジメくんも
うちが、人形作る思うて
送り出したはったんやろし。」

キコは早速
リンネの見よう見まねで藁を
纏める。

「ほな、あたしの人形に蝶々の
藁つけんで!あ、書くわ!!
って、キコさん!運転出来
へんやん!はみでてる!!」

助手席で
バサバサと藁を振り回す
キコにチョウコが
キレる。

「あの、チョウコさんの人形って
やっぱりリュウさん、ですか」

殆ど人の形になる藁を
抱えて、リンネが運転席の
チョウコに聞くと、

「他に誰がいるん?リュウちゃん
かて、あたしんとこに戻って
へんもん。あたし、
リュウちゃ んつくるで!!」

「ほなら、うち、ネクタイつけよ
かなぁ。トシさん印やわぁ。」

チョウコが答えて
並ぶもキコ、楽しげに
リンネの側の藁を1房取る。

「別に、いいですけどね。」

軽トラックに
藁が散乱し始めた頃
42ロードに並走する線路を
鮮やかな白地に
セロリアンブルーラインの
列車が3人の車を
颯爽と
追い越した。