「だから?」

 つぶやいたわたしの声に、篠宮さんがハッと顔を上げる。

「だからわたしにどうしろって言うの? 碧人に関わるなって言ったのはあなたでしょ? それに部員のメンタル管理はマネージャーの仕事じゃないの?」

 篠宮さんがきゅっと唇を噛む。

「わたしに……どうしろって言うのよ」

 店がざわざわと混んできた。わたしのとなりの空いていた席に、若い女のひとが座りこむ。
 そんなざわめきのなか、篠宮さんのか細い声が聞こえてきた。

「わたし……知ってるの。中三の夏、碧人くんがあのバスに乗ってたって」

 その言葉を聞いた途端、胸の奥が疼きだす。

「わたしのいた陸上部は、大会に参加していなかったけど、事故のことはわたしたちもショックで……だから高校で碧人くんと同じ部活になって、誰よりも応援してあげたいって思った」

 わたしはうつむく。碧人をどうしても、競技場のグラウンドで走らせてあげたいのと言った、篠宮さんの声を思い出す。
 篠宮さんはきっと、碧人のことをかわいそうだと思っていて、それでこんなに必死なんだ。

「でも、いまの碧人くんの力になれるのは、わたしじゃない」

 篠宮さんがはっきりと言った。

「水原さん。あなたも碧人くんと同じ、三中陸上部だったんでしょ? 三中には、碧人くん以外にもうひとり、重傷を負ったけど奇跡的に助かった部員がいたって聞いたことある。それ、水原さんだよね?」

 篠宮さんの視線が、わたしの足元に移る。痛くないはずの足が、じんじんと痛みはじめる。

『おれにはもう……夏瑚しかいないから』

 苦しそうにそう言った、碧人の声が頭に響く。