もしもあの日、バスが事故に遭わなくて。
 わたしたちは予定通り、陸上競技を楽しんで、みんなで記念写真を撮って。
 そして最後に美冬が碧人に告白したら……どんな世界になっていただろう。

 美冬の告白を碧人が受け入れて、ふたりがつきあうようになって。
 わたしはそんなふたりを、からかって、ひやかして。
 帰りのバスのなか、美冬のとなりに座る碧人の姿を、わたしは少し離れた席から見つめるんだ。

「……バカみたい」

 思いっきり声を出したあと、駅前でみんなと別れてひとりで歩く。

 そんな世界はありえない。なのにわたしは、何度も何度も想像している。

 同じ高校を受験するふたり。同じ高校の制服を着るふたり。
 わたしはもう、碧人の家でゲームをしなくなって、代わりに美冬が遊びに来て。
 家の前でばったりふたりに会ったわたしは、碧人をからかって言うんだ。

「美冬に手をだしたら、わたしが許さないからねー」
『バーカ、そんなことしねぇって』

 美冬は碧人のとなりで、頬を赤く染めて。そんな美冬の手を、碧人が握りしめるんだ。

 マンションのエレベーターに乗り、五階で降りる。
 外廊下を歩いていくと、わたしのとなりの部屋の前で、女の子が遊んでいた。
 今日も前髪にひまわりのピンをつけて、クマのぬいぐるみを抱いている。

「こんにちは」

 声をかけたら女の子は驚いた顔をして、部屋のなかに入ってしまった。
 わたしは閉じられたドアの前で立ちつくす。

 もうここに、碧人はいない。
 わたしたちは美冬のいない世界で生きている。