「え、碧人?」

 立ち止まったわたしに気づいた碧人が、グラウンドの隅に駆け寄ってくる。

『あれ、夏瑚。帰ったんじゃねぇの?』
「忘れ物取りに戻ってきたんだ。それより碧人、なにやってんの?」

 もうとっくに練習は終わり、先輩たちや他の部活の生徒もいない。
 ひと気のないグラウンドはいつもよりずっと広く見えて、いまにも消えそうな夕陽が、あたりをかすかに照らしていた。

『あー、うん。もう少し、走っていこうかなって……』
「へぇ、めずらし。あっ、選手に選ばれたから? もしかしてプレッシャーかかってる?」

 碧人は照れくさそうに笑って、茶色い髪をくしゃっとつかんだ。

『そりゃあ、かかるよ』
「瑛介くんも言ってたけど、いっせーの言葉なんか気にしなくていいよ。あいつの鋼の心臓は特別だから」

 あははっと碧人は笑って、わたしを見た。

『うん、でもさ、やっぱ選ばれた以上はいい成績残したいし。一年のみんなや、選ばれなかった先輩たちの分もさ』

 淡い光のなかに立つ碧人は、すごくまっすぐな目をしていた。

『だからもう少し、練習していくよ』

 そのとき、わたしの心の奥のなにかが、コトンっと音を立てて動いた気がしたんだ。