重いドアを開けると、マンションの通路に三歳くらいの女の子の姿が見えた。

 髪をふたつに結んで、前髪にはひまわりのピン。クマのぬいぐるみを抱いている。
 数か月前、となりに引っ越してきた女の子だ。

「こんにちは」

 声をかけたら、女の子は走っていた足を止め、恥ずかしそうにうつむいてしまった。どうやら恥ずかしがり屋さんらしい。

「こんにちは」

 代わりに少しあとからやってきた、女の子のお母さんがわたしに笑いかけた。
 お母さんはふたつのマイバッグを手にしている。

「こんにちは。お買い物ですか?」
「ええ。つい買いすぎちゃって」

 苦笑いするお母さんのお腹は、大きく膨らんでいた。もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだって、うちのお母さんが言っていたのを思い出す。

 となりの部屋の鍵を開けているお母さんのそばで、女の子はぬいぐるみを抱きしめて、まだもじもじしていた。
 わたしは女の子の前にしゃがみこみ、制服のポケットからミルクキャンディーを取りだす。

「食べる? 甘くておいしいよ?」

 女の子はキャンディーを見下ろしたまま黙っている。
 すると上からお母さんの手が伸び、キャンディーを勢いよく取り上げた。

「ごめんなさいね。うちの子、まだ甘いお菓子は食べさせてないの。気持ちだけもらっとくわね」

 お母さんがつまんだキャンディーをわたしに向ける。わたしは立ち上がり、それを受け取った。

「そうなんですね。知らなくてごめんなさい」

 にこっと笑顔を見せたら、お母さんも笑った。ちょっとわたしのことを観察するような目つきで。

「じゃ、また」

 わたしはそんなふたりを残し、エレベーターに向かって歩いた。