「あなたなんかに……わたしと碧人のことがわかるはずなんてない」
「はぁ? どういう意味よ、それ。彼女でもないんでしょ?」

 わたしはまた黙りこむ。篠宮さんが小さくため息をついて、口を開く。

「碧人くん、一年生のなかでは期待されてて、夏の大会の選手にも抜擢されそうだったの。でもこれ以上部活サボってたら、それも取り消されちゃうよ」

 わたしの頭に真夏のグラウンドを駆け抜ける、碧人の姿が浮かぶ。

「だからもう、碧人くんを誘ったりするのはやめて。練習に集中させてあげて。大会までもう、あんまり時間がないの。わたし碧人くんを、どうしても競技場のグラウンドで走らせてあげたいの」

 篠宮さんは、必死な顔で訴えていた。碧人のことを、ちゃんと考えているんだってことはわかる。
 わたしだって気持ちは同じだ。碧人には思いっきり、好きなことをしてほしい。

「わかったよ」

 わたしはぼそっとつぶやいた。

「碧人には会わない。これでいいんでしょ?」

 篠宮さんが、ホッとしたように息を吐く。

「碧人に伝えといて。ぜったい一位でゴールしろって」

 篠宮さんはなにも言わなかった。わたしは重い足を動かして、彼女の前を通りすぎる。

「じゃあね。こんなところまで、ごくろうさま。あなたも部活サボってないで、早く戻ったほうがいいんじゃない?」

 碧人にはもう会わない。
 べつに大丈夫。碧人が引っ越してしまってから、ずっと会ってなかったんだもん。いままでの生活に戻るだけ。