「いいんだよ」

 碧人がぽつりとつぶやく。

「おれだって、しっかりなんて生きてないし」

 わたしは顔を上げ、首を横に振る。

「ううん、碧人はがんばってるよ。ちゃんと学校通って、陸上やってたんでしょ? なのにわたしが呼んだりしたから……」
「ちがうよ」

 碧人が静かにわたしを見た。わたしたちの視線が、薄闇のなかでぶつかる。

「おれ、夏瑚のために会いにきたんじゃないよ」
「え?」

 碧人が髪をくしゃっと握って、わたしから目をそらす。

「おれが……会いたかったんだ。夏瑚に」

 わたしに、会いたかった?

「自分から逃げたくせに、やっぱりひとりは寂しくて……おれにはもう……夏瑚しかいないから」

 碧人の声が胸にしみ込む。

 おれにはもう、夏瑚しかいない。
 わたしにはもう、碧人しかいない。

 胸がじんっと熱くなる。

 碧人は照れくさそうに髪をくしゃくしゃとかいたあと、話をそらすように言った。