「わたし、わかってるんだ。ほんとはぜんぶわかってる。ただ信じたくなくて……わたしは現実から逃げてたの」

 碧人はわたしの背中に手を触れたまま、じっと言葉を聞いている。わたしは深く息を吐いてから、さらに声を押しだす。

「みんないない。美冬も響ちゃんも、瑛介くんも一成も……マキ先生も。みんな死んじゃった。生き残ったのはわたしと碧人だけ」

 胸の奥にくすぶっていたものを、言葉にしてすべて吐きだす。

「あの日、競技場には行けなかった。わたしたちの夏は、あそこでぷつっと切れた」

 背中に触れている碧人の手が、小さく震える。

「わたしは……『行かないで』ってすがりつく美冬を残して、ひとりで逃げたんだ」

 車内で激しい衝撃を受け、一瞬わけがわからなくなり、そのあと襲ってきたのは経験したことのない痛みだった。
 叫び声やうめき声の響くなか、わたしは痛みと恐怖で震えた。

『夏瑚……行かないで』

 そんなわたしの足をつかんでいたのは、美冬だった。
 ほんの少し前に見た美冬の笑顔は醜く崩れ、赤い色に染まっていた。

『早く逃げろ! 爆発するぞ!』

 誰かの声が耳に響き、逃げなきゃって思った。
 美冬の手を振りほどくのは簡単だった。その手に力なんか入っていなかったから。

 動かない足を引きずり、必死に這って逃げた。
 朦朧とする意識のなか、わたしの名前を呼ぶ美冬の声が、聞こえた気がした。
 美冬はきっと最後まで、わたしに助けを求めていたんだ。