エンジン音を残して、バスが遠ざかっていく。
 降りた場所はまったく知らない場所で、目の前にはのどかな畑が広がっていた。

 わたしは碧人に支えられながら、バス停のベンチに腰を下ろす。
 全身に冷や汗が流れていて、呼吸が苦しい。

「落ち着いて。ゆっくり息をして」

 碧人が丸めた背中をさすってくれる。
 碧人の手、こんなに優しかったっけ。なんだか、知らない人の手みたい。

 しばらく深呼吸を繰り返していたら、動悸と汗が治まってきた。
 情けない。こんなはずじゃなかったのに。

「……ごめん。碧人」

 碧人はまだ、わたしの背中をさすっている。

「行けると思ったの。わたし」

 碧人はなにも言わない。

「バスも……乗れるような気がした。碧人と一緒なら……でもダメだった」

 となりで碧人が息を吐く。

「無理するなよ」

 わたしは首を横に振った。

「無理するよ。だってわたしがちゃんとしないと、碧人に負担がかかっちゃう。そんなのイヤだもん」

 目の前の道路を車が一台通りすぎる。市街から離れているせいか、このあたりは車も人も少なく、のんびりとした雰囲気が漂っている。
 ベンチの後ろに立つ大きな木が、わたしたちの頭の上で、緑の葉をざわっと揺らした。