「嘘だろ? あそこ、超遠いんだぞ? 何時間かかると思ってんだよ?」

 わたしは背中をまるめて、ぎゅっとスマホを握りしめた。
 胸の鼓動が、少しずつ速くなってくる。
 落ち着け。落ち着けって、心のなかで自分に言い聞かせる。

「でも行かなきゃ……行かなきゃダメなんだ」

 遠くから、かすかに声が聞こえてきた。美冬の声だ。

『今日の帰りに、言おうと思ってるの』

 スマホを持つ手が震えだす。

『碧人くんに……好きだって』

 あのあとわたしたちは、どうなったんだっけ?

 目の前にせまる黒い影。大きな衝突音と激しい衝撃。
 わたしに微笑んでいた美冬の顔が、歪んで壊れて崩れ落ちる。

「夏瑚」

 手の震えが全身に広がった。はっはっと短い息がもれる。額に汗がにじむ。
 ダメだ。自分で自分の体をコントロールできない。

 背中に大きな手が触れた。碧人の手だ。

「降りよう」

 碧人がブザーを押して、ちょうどバスがバス停に停まった。
 わたしはわけがわからないまま、碧人に体を支えられ、なんとかバスを降りた。