『夏瑚、これあげる』

 あの夏の日、貸し切りバスのなかはにぎやかだった。
 公式な大会も終わり、もう三年生は部活引退。だけどその前に、ちょっとしたお楽しみがあった。

 わたしたちの住む県では、希望するいくつかの学校の三年生が集まって、毎年陸上競技会が行われていたのだ。
 うちの部もその会に参加することになり、同じ市内の他の中学校の部員と一緒に、バスで大きな競技場へ向かっていた。

「あ、ミルクキャンディー! 美冬、いつもこれ持ってるね」

 わたしのとなりの席には美冬が座っていた。キャンディーを差しだした美冬は、にっこり微笑む。

『だってこれ、甘くておいしいでしょ?』

 わたしも笑ってうなずく。

「うん! わたしもこれ好き!」

 美冬の手からキャンディーを受け取った。すると美冬が、ちょっと恥ずかしそうにつぶやいた。

『碧人くんも……好きだって』
「え?」
『こ、この前あげたら、「おれもこれ好き」って……』

 美冬の顔がみるみる赤くなっていく。

「へぇ、そうなんだ。知らなかった」

 わたしはえへっと笑って、キャンディーを口に放り込む。

 バスのなかでは他にもお菓子交換が行われていて、おしゃべりや笑い声も絶えなかった。
 今日の競技会は順位を競うものではない。みんなで最後の思い出作りをしようって趣旨の集まりだから、誰もが遠足気分だったんだ。