青い風、きみと最後の夏

「水原さーん、水原夏瑚さーん。そろそろ起きてくださーい」

 鴨ちゃん先生の声が聞こえる。
 わたしは夢と現実の狭間でふわふわしていた頭を、ゆっくりと起こす。

「もう放課後だよ。おうちに帰る時間でーす」
「はぁい」

 もそもそと支度するわたしを、鴨ちゃん先生が腰に手を当てて見下ろしている。
 わたしはそんな先生を見上げて、にかっと笑う。

「水原さん」
「なぁに?」
「無理して笑わなくてもいいからね?」

 わたしは開いていたシャツのボタンを留めながら、先生を見た。
 先生はおだやかに微笑んでいる。

「わたしの前では、笑わなくても大丈夫だから」
「なにそれ?」

 先生はそれ以上なにも言わず、カーテンの向こうに行ってしまった。
 わたしは少し考えて、ベッドから降り、上履きを履く。

「鴨ちゃん先生」

 カーテンの向こう側に出ると、先生はいつものように、机の上の書類に目を通していた。
 保健室のなかは今日も、わたしと鴨ちゃん先生のふたりだけ。

「わたし、そんなふうに見える?」
「うん」

 静かに笑みを浮かべた先生が、わたしに顔を向ける。

「笑ってるのに、いつも泣いてるみたいに見える」

 わたしは頬をゆるめようとしたけど、うまくできなかった。

「荷物が重かったら、少し誰かに手伝ってもらってもいいんだよ」

 鴨ちゃん先生の声が、音のない保健室のなかに響く。

「あんまり重すぎるものを抱えて歩くと、疲れちゃうからね」

 先生はもう一度、わたしに優しく笑いかける。

「もう帰りなさい。また明日も待ってるよ」

 わたしは小さくうなずいて、なにも言わずに保健室を出た。