「次のグループ。位置について!」

 筋肉教師にせかされて、わたしたちはスタートラインに並んだ。

 懐かしい。最後に100メートル走ったのはいつだっけ?
 中学校のグラウンド。真夏の日差し。蒸し暑い風……

「用意!」

 教師の声で我に返り、まっすぐ続く白いラインを見つめる。
 そのとき誰かがわたしを呼んだ。

『夏瑚』

 はっと足元を見下ろす。

『夏瑚……行かないで』
「美冬?」

 美冬がわたしの足首をつかんでいる。

『行かないで、夏瑚。わたしをひとりにしないで』

 体がぶるっと震えた。
 地面に這いつくばった美冬が、真っ赤な瞳で、すがるようにわたしを見上げている。

「美冬……」
『夏瑚。どうしてわたしをひとりにしたの?』

 ピッ。

 体育教師のホイッスルが響く。両どなりの子が走りだす。
 だけどわたしの足は動いてくれなくて、代わりに体がぐらりと揺れて、目の前の景色がぷつっと消えた。