「水原さん」

 びくっと肩を震わせ、後ろを振り向く。

「鴨ちゃん先生!」

 Tシャツにジーンズ、ふんわりパーマの髪をひとつにまとめ、野球帽をかぶった鴨ちゃん先生が、わたしに向かって「よっ」と手を上げる。

 白衣の似合わない童顔の鴨ちゃん先生は、今日みたいな恰好をしていると、まだまだ学生に見えてしまう。
 って、二十代後半って言ってたっけ? このヒト。アラサーにはまったく見えないよ。

「なに、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」

 えへっと笑ったわたしのとなりに立ち、鴨ちゃん先生は競技場を見下ろした。

「来てくれたんだね、せんせ」
「もちろん。水原さんの恋のお相手を見てみたいもん」
「だ、誰にもナイショだよ! 鴨ちゃん先生だけに、教えるんだから!」

 鴨ちゃん先生が、うふふっと笑う。

「でも懐かしいなぁ、ここ」

 先生は眩しそうに目を細め、遠くを眺めながらつぶやいた。

「え、先生来たことあるの?」
「あるよー。高校生のころ」
「もしかして先生、陸上部だったとか?」
「ぶっぶー、はずれ。彼氏が陸上部だったんです」

 にこっと笑う先生は、恋バナしている女子高生みたいだ。
 なんだかとてもかわいい。

「彼氏ってもしかして、この前言ってた、過去形の?」
「うん、そう」
「そっかー、もう別れちゃったのかぁ」

 わたしと碧人も、いつかバラバラになっちゃったりするのかな、なんて、前を見たまま考える。