「美冬の……ことなの」

 碧人が黙ってうなずく。

「美冬はね、碧人のことが……好きだったの」

 わたしたちのそばを、ジョギング中のおじさんが通り過ぎる。
 バサバサっと音を立て、ハトが空に飛び立っていく。

 少しの沈黙が流れたあと、碧人が静かにつぶやいた。

「知ってるよ」

 碧人の声にハッとした。わたしはじっと碧人を見つめる。

「知ってるんだ、おれ、美冬の気持ち」

 照れくさそうに、碧人がまた髪をかく。

「いや、知ったのは、美冬が亡くなったあとなんだけど……美冬のお母さんが、教えてくれたんだ」

 美冬のお母さんが?

「美冬がさ、お母さんに話してたんだって。片思いだけど、好きなひとがいるって。そのひとががんばってる姿を見ると、自分もがんばれるって。その相手が……おれだったって」

 碧人が泣きそうな顔で笑う。

「それ聞いたら、これからおれ、美冬に恥ずかしくないように生きなきゃなって思って……でもやっぱりできなくて……そんな自分が許せなくて、すごく苦しかった」

 碧人は碧人で、わたしの知らなかった想いを抱えて過ごしていたんだ。

「でもこの前、夏瑚と一緒にあの競技場に行けて、夏瑚に自分の想いを伝えられて、これからは、ありのままでいきたいって思った。どんなにがんばったって、おれはおれ以上にはなれないんだし」

 碧人が小さく微笑む。

「少しくらいカッコ悪くたって、美冬は許してくれるかなって」

 わたしはうなずいた。

「うん。そうだね」

 優しくて、みんなの気持ちを誰よりもわかってくれる美冬だから。

 わたしは顔を上げ、碧人をしっかりと見た。