マンションを出て、市民公園に向かった。
 ちょっと遠いけど、歩いて行ける距離だ。
 今日、この公園内にある競技場で、高校生の陸上大会があるのだ。

 早朝の静かな街のなかをひとりで歩く。捻挫した足が治ってよかった。
 バス通りを黙々と進んでいくと、公園が見えてきた。まだ時間が早いせいか、ひと気はない。

 わたしは公園内に入り、競技場のそばの大きな木の下に立った。

「碧人……」

 空を見上げてつぶやく。

 わたしはひとつ決心をしていた。美冬のことだ。
 美冬は怒るかもしれないけれど、美冬の綺麗な想いを、碧人にどうしても知ってほしかったんだ。

「夏瑚」

 目の前に碧人が立っていた。高校名の入ったジャージを着ている。わたしは顔を上げて、まっすぐ碧人を見つめる。

「お、おはよう。碧人」
「おはよ。って、その髪! どうしたんだよ?」
「切った。暑いから」

 そう、わたしは昨日、髪をばっさりと切った。中学生のころのような、ショートヘアだ。
 久しぶりに襟足や耳元に風を受けて、スッキリした気分。

 短い前髪をいじりながら、にかっと笑ったら、碧人がちょっと恥ずかしそうに言った。

「似合ってるよ……そのほうが」

 思わぬ言葉に、心臓が跳ねる。
 碧人はくしゃくしゃと自分の髪をかき、わたしに聞いてくる。

「足はもう平気なのか?」
「う、うん。大丈夫。それよりこんな大事な日に呼びだしちゃって、ごめん」
「いや、いいよ。集合までまだ時間あるし」

 緑の葉の隙間から、朝の日差しが差し込んできた。碧人の茶色い髪が、キラキラ光る。

「あの、あのね。どうしても碧人に聞いてもらいたい話があって」
「うん」

 碧人もまっすぐわたしを見てくれている。
 わたしは深く息を吐いてから、碧人に向かって声を出す。