「ねぇ、水原さん」

 何も言えなくなったわたしに先生がつぶやいた。

「わたしたちの毎日はあたりまえじゃないんだよね。いろんな奇跡が重なりあって、わたしたちはこの世界で生きてる」

 先生の涼やかな声が、静かな保健室に響く。

「あたりまえじゃない世界はとても不安定で、突然壊れることもある。それは水原さんも、もう知っているよね?」

 先生がゆっくりと、わたしに視線を移した。わたしはこくんっと、小さくうなずく。

「だからわたしは思ってるの。伝えたいことは伝えられるうちに、ちゃんと伝えようって。いつ、どんなことがあっても、後悔しないように」

 わたしは先生のおだやかな顔を見ながら思った。
 先生も大切なひとを、失ったことがあるのかなって。

 先生がひまわりを見下ろす。そしてその指先で、黄色い花びらをちょんっとつつく。

「そろそろ補習はじまるんじゃない? 教室戻ったほうがいいよ?」
「うん」

 わたしはうなずいて背中を向けた。そして引き戸に手をかけたところで振り返る。

「鴨ちゃん先生。また遊びにくるね」

 先生はなにも言わず、ちょっと寂しげに微笑んだ。