「ていうわけでね、鴨ちゃん先生にはまた明日持ってくるから」

 補習のあと、保健室で鴨ちゃん先生に会った。先生はにこにこしながら、わたしを迎えてくれた。

「水原さんが育てたお花ってどんな花なんだろう。なんか想像つかないな」
「えー、それどういう意味? ちゃんと綺麗に咲かせたんだからね!」

 わたしの声に、先生がくすくす笑っている。

「明日も補習なんだ?」
「そうなんだよ。毎日だよ、毎日! この暑いなか毎日学校に来るなんて、地獄だよ」
「わたしは毎日来てますけど? 部活やってる子たちもね」

 窓の外では運動部の生徒たちが、眩しい太陽の下で練習をしていた。
 わたしは思わず声をもらす。

「懐かしいなぁ……」

 こんなふうに素直に言えたのは、はじめてだ。

「水原さんは……また走りたいと思う?」

 鴨ちゃん先生が、碧人と同じことを聞いた。
 先生はわたしが陸上をやっていたことも、事故にあったことも、怪我をしてもう走れないことも、ぜんぶ知っている。

 わたしはくすっと笑って、首を横に振った。そして窓の外を眺める。

 ひとりの陸上部員が、100メートルを駆け抜けるのが見えた。
 風を切って走るその姿が、碧人の姿と重なる。

「でも走ってる姿を見たいとは思う。もう一度、あの子たちの……」

 美冬の、響ちゃんの、瑛介くんの、一成の、それから碧人の。
 先生は静かに微笑んで、わたしの肩をぽんぽんっと叩いた。

「明日、水原さんの育てたお花、楽しみにしてるね?」

 わたしは先生の顔を見て、嬉しくて笑った。