「水原さん」

 その声に、ハッと顔を向ける。自転車を押した篠宮さんが、眉をひそめて立っている。

「し、篠宮さんっ?」
「さっきから赤くなったりうろうろしたり、なんなの?」
「う、うるさいっ! てかなんであなたがここにいるのよ? またサボり?」

 篠宮さんは怒った顔で言い返す。

「サボりじゃないって! ちゃんと先輩に『用事があってちょっと抜けます』って言ってきたの!」
「用事って……わたしに? スマホにメッセージくれればいいのに」
「直接話したかったんだよ」

 篠宮さんはむすっと口をとがらせたあと、私に言った。

「碧人くん、ちゃんと走れるようになったよ」
「え……」

 ぽけっと突っ立っているわたしを見て、篠宮さんはまた顔をしかめる。

「もしかしてもう、碧人くんから聞いた?」

 わたしはぶんぶんっと首を横に振る。篠宮さんは小さくため息をついてから、続けて言った。

「碧人くん、最近調子戻ってきたみたい。水原さんに会った次の日からだよ」

 よかった。碧人また、走れるようになったんだ。

「悔しいけど、やっぱり水原さんのおかげだね。ねぇ、どんな手を使って碧人くんをやる気にさせたの?」
「どんな手って……」

 篠宮さんは、なにか言いたげな目でわたしを見つめたあと、口を開いた。